地球環境
それはある日突然、空から地上へと降りてきた。紙風船のように軽やかに……。ゆえに、その場に居合わせた者は、夢を見ているとさえ思い、すぐに動くことができなかった。監視カメラでその様子を見ていた者も驚愕のあまり、目を丸くすることしかできなかった。そして……
「宇宙人……ですか?」
とある軍事基地の取調室。将校は机の上に組んだ手を置き、前のめりになってそう言った。
「ええ、そうです」
突然空から舞い降りた宇宙船。その開口部から出てきた男は人間そっくりの見た目であった。彼は近くにいた軍人に微笑みかけ、近づいていった。その瞬間、まるで思い出したかのように警報が鳴り響き、現場に軍人たちが駆け付けた。そして、今に至る。
壊されることでも危惧したのだろう彼は宇宙船に触れないようにと念を押す以外は特に抵抗せず、ここまで連行されてきた。地球人に話があるためにはるばるやって来たという。
宇宙人である証拠を見せると言い、彼は自分の両耳の耳たぶをひねった。すると、彼の顔の中心にピシッと切れ目ができ、そのまま耳たぶを引っ張ると、まるで皮を剥いて実を取り出すように、そこから粘液性の液体が垂れ落ち、彼の素顔が露わになった。
その光景にさすがの将校と、別室で取調室の様子を見守っていた政府関係者たちは息を呑んだ。
「見ての通り、これは擬態スーツです。お話をする際に、あなた方が抵抗感を抱かないように着ていました」
彼はそう言うと顔を元に戻した。鼻の辺りに粘液の塊が残っており、将校がそれを指摘すると彼はふふっと笑って、手で拭った。
見た目は端正な顔立ちの、二十代から三十代くらいの男だ。それが作られたものだとわかると、挙動含めてその全てが相手に親しまれるよう計算されているように感じ、背筋が凍った。
「……えー、話をしたいということだが、なぜ、ここに?」将校は気を取り直し、彼にそう訊ねた。
「力のある者に話を聞いてもらおうと思いまして」
市街地や官邸、政の場に降りれば大騒ぎになり、軍が出る。そして連行され、結局この形に落ち着くのであれば、このように直接ここに来た方が早いというわけだろう。こちらは後手に回ってばかりだ、と将校は顔を歪めた。
「それで、話とは?」
将校はやや顔を机の中心へ寄せ、彼もまた、ずいと身を寄せて答えた。
「地球の環境保全についてです」
侵略目的で地球にやってきて、「無抵抗で我々の支配下に入れ」などという言葉が出るのを覚悟していただけに、将校は些か呆気にとられ、開けた口から息が漏れた。
「……話を続けますね。地球は、人類の発展は目覚ましいものがあり、特に最近の宇宙進出は――」
と、地球人類側を持ち上げつつ宇宙人は話を続けた。
「――と、つまり地球は我々の星の住人の間でも人気があり、青い宝石と呼ばれ、愛されていたのです」
「……なるほど。いやいやしかし、そうか、素晴らしい技術をお持ちで。一般家庭からでも遠く離れたこの星を観測できる望遠鏡があるとは、いやいや他にも素晴らしく便利なものがたくさんあるんでしょうなぁ。……それで、この星が世界遺産のようなもの指定されたとは、ええと地球人としては大変誇らしいのですが、しかし、だからといってすぐに綺麗にしろというのは難しい話で……。これまでも散々、この地球環境の改善を謳い、取り組んできましたが、もちろん我が国はええ、今でも取り組んでいますが、他の国がそれに賛同するかは……それもただでというわけには、やはり経済的にも……」
「ええ、もちろん、我々も指導と技術提供をさせていただきます。無償でね」
「え、とそれはつまり……」
「ええ、クリーンエネルギーというものです。色々と応用が利くと思います。それと汚染物質の除去装置。大気安定のための――」
一通り話を終えると、彼らは固く握手を交わした。
始め、この話を持ちかけられた将校たちは、是が非でも彼らの星の技術を自分たちの国だけのものにしたかったが、そういうわけにはいかず、また他の国々も快く賛同したので結果、争いごともなく平和的に事が運んだので良しとしようと考えた。国と人々の心は想像以上に疲弊しており、もう争いはうんざりという風潮があったのだ。
そして、人々は協力し合い、地球の環境改善に取り組んだ。その結果、数年後には地球は平和を、かつての青さ、美しさを取り戻したのだった。
しかし、そこに地球人類は存在しなかった。
死んだのだ。悶え苦しみ、命尽き果てる中、誰もがこう思った。
これは宇宙人の罠だったのだ。地球を汚した制裁だ。慈愛に満ちた顔で地球の環境改善を指揮する中、我々が地球を再び汚すことのないよう毒を撒いた。我々を害虫扱いしたのだ。なんと傲慢な。呪ってやる。連中を、宇宙人を恨む、恨む……。
人類の絶滅。だがそれは、宇宙人の意図したことではなく、彼らも大いに混乱した。
腐ったミルクティーのような空。外を少し出歩くだけで服と肺が黒くなるような汚れ切った空気に適応していた地球人類は、ただその清らかさに耐えられなかったのである。