プロローグ
煙と血の匂いがそこら中に砂煙として舞っている街の中を僕は一生懸命走り続けている。
何故なら、追いつかれたら死んでしまうからだ。
この街は市場や冒険者の拠点として活気のある場所だったが、今は違う。
それは一瞬で訪れた。
そう、魔物だ。
魔物の集団が街を襲い、そこにいる人や物を壊し尽くしたのだ。
だからか、生きている人はもういない、いや視界が悪いから見えないだけなのか。
今の僕にはそれを見分ける思考回路を持ち合わせていない。
生きたいと体を動かす防衛本能だけが今の僕を動かしている。
「はぁ、はあ……! はぁーっ!!」
後ろを振り返る余裕などない。
ただ不気味な足音だけが走るのを止めるなと危険信号を発しているのだけが全神経から伝わってくる。
だから走り続けるのだが、体力などもうありはしない。心臓が痛い、苦しい。
嫌なことばかりが脳裏に浮かんでしまう。
それを振り払おうと頭を軽く振るが、そのせいで――
「――あっ!!」
地面に転がっている石につまずいて、足を挫き、転んでしまった。
その時、僕は初めて後ろから追いかけてきていた化け物達の姿を目に焼き付ける。
そいつらは犬の頭が3つあり、獲物を噛み殺すための鋭い牙に爪、そして不気味な鳴き声をしている。
まるでこの世のものとは似ても似つかわないあまりにも恐ろしい姿をしていた。
僕はその姿を見た瞬間から、もう頭の中には走って逃げ続けるという答えはなく、ただもう死ぬのだと諦めていた。
そのせいか、今まで逃げ続けていた際に生じた疲れや転んでしまった時にできた傷の痛み、そして何より恐怖と体力の限界によって鳴り止まない鼓動の音、それが重く体にのしかかってしまった。
グルルルゥ!! 化け物は何もできない僕のことを嘲笑っているのか、それとも腹を空かせているのか。
そんなことはもう関係ない、もう終わりだ。
僕は怖いものに蓋をするように目を閉じ、その場で横になって食べられるのを、殺されるのを待つことにした。
そりゃそうだ、もう誰も助けになんて来ない――
「――生きることを諦めるんじゃないっ!!」
僕を叱りつけるかのような怒声ともにザクッと重く風を切るような音が聞こえ、それに驚いて僕はまた目を開くと、そこにはなんと僕と同じ白い色をした長髪の男が3つ首の犬の首を同時に全て切り倒し、立っていたのだった。
「おい、もう少しだけそこに待っていてくれ。こいつらは俺が倒す」
男は振り返り、僕にそう言ってから左手に持っている長剣を構え、他の化け物に突撃する。
「はぁあーっ!」
男の掛け声とともに振り下ろされる剣が三つの内、真ん中の頭の脳天をスパッと叩き斬った。
すると真ん中の頭はピクリと動かなくなり、それをかばうように左右の犬が男に噛みつこうとするが、男は後ろに下がりながら長剣を魔物の体から取り、腰につけていた短剣を右手で取り出し、右側の犬の頭目掛けグサッと突き刺した。
そして残り一つになった犬の顔はようやく事の重大さを理解したのか、急にくぅぅんと生気のない吠え声を出しながら男に対して頭を下げ、降伏の意を示した。
が、今までたくさんの命を弄んできたのだ、そんなことは許されるわけもなく、男は長剣を両手で構え、上段から残り一つの頭目掛けて振り下ろす。
ザクッ! 軽快でありながら重い音とともに頭を叩き割り、とどめを刺した。
すると犬の魔物はぐったりと地面に倒れ込み動かなくなった。
そしてその様子を見た他の魔物は恐怖を覚えたのか、その場から凄まじい速さで逃げ出したのだった。
男は倒した魔物の頭を足で抑え、食い込んでいた長剣を引き抜き、剣身にこびりついた青い血を振り払い腰につけた鞘に収め、僕の方へ振り返り手を差し伸べる。
「またせた。ケガは……まだマシみたいだな? 良かった」
僕は彼の手を掴んで立ち上がり、感謝を伝えた。
すると彼はほっとしたのか、少しだけ笑顔で僕に話しかけてくれた。
「俺の名前はグレン、お前は?」
「僕は、リンです。もうだめかもしれなかったのに、本当にありがとう」
「気にするな、俺の方こそ一人だけでも助けることができて本当に良かった」
そうグレンと名乗る男はにぃっと歯を見せるように笑い、よく頑張ったと僕の頭を撫でてくれた。
すると僕も今まで張り詰めていた神経が緩んだのか、我慢していたであろう涙が溢れグレンにおい大丈夫かと心配されてしまった。
「生き残っているのが自分だけかもしれないって思うと尚更か。そりゃ怖いはずだ。でも、もう大丈夫だ。お前はもう一人じゃない」
「一人じゃ……ない?」
「ああそうだ。リン、俺と一緒に旅をしてみないか? お前に俺の生きる術を教えて自分の身を自分で守れるようにしてやりたいんだ。それにここに居続けるわけにもいかないからな。どうだ?」
思いもしなかった提案に僕は開いた口が塞がらない、何故なら今までそうやって僕に関わろうとする大人などいなかったからだ。
僕はこの街――ファレサのスラムで育った孤児だ。
生きるために、市場の食べ物や街で滞在している冒険者からお金を盗んだりして生計を立てていた。
だから、大人たちは僕ら孤児を疎ましく思うからこそ、関わろうとする人などいなかった。
それなのに――グレンは同情なのか、それともなにか裏があるのかは知らないが僕を旅に誘ってくれた。
ならば僕は生きるため、そして助けてくれた恩を返すために答えを選ぶ。
「僕からお願いします、一緒に連れて行ってください。僕はまだ死にたくない。だから僕に色々教えてください!」
僕は頭を下げお願いすると、グレンは今まで撫でていた手を止めたと思いきや、さっきよりも強くわしわしとまた撫でてくれながら言った。
「そうか! ならよろしく、リン。今日から俺のこと師匠って呼んでくれ!」
「は……はい、師匠!!」
僕は彼の温かな感じに閉じきっていた心の扉がぱあっと開いた気がして、初めてこんなに笑顔になった気がした。
そんな僕の顔を見た師匠はとても嬉しそうな顔をして、僕の手をつなぎ行くぞと声をかけた。
僕はそれに頷き、この廃墟となった街を歩き去ったのだった。
その途中、師匠は僕に教えてくれた。
希望は間違いなく失われることはないということを。




