6話
「私が、ですか」
「ああ、私もセレナには大きな負担をかけてきた。この件はセレナの望むように決着をつけなさい」
「そうね。ずっと我慢を強いてきたんだもの。セレナの好きにするべきよ」
お父様とお母様に背中を押されて、私は今回の決定権を引き受けた。
それなら、と私はエリオットに対する要求を言おうとした。
しかし──。
「セレナ! 頼む、許してくれ!」
私に決定権が移ったと理解するや否や、エリオットが私に許しを乞うてきた。
今までは親同士の話し合いで口を挟むことができなかったが、私には意見できると思ったのだろう。
そんなエリオットの態度にお父様とお母様はぴくりと眉を動かすが、私に決定権を委ねているので、何か口を挟むことはなかった。
「許してほしい、ですか……、エリオット様。貴方からは一度も謝罪の言葉を頂いていません」
「っ……!」
そこで、エリオットは今まで一度もエリオットの口から謝罪の言葉が出ていないことに気がついたようだった。
私は今更気がついたのかと呆れ返る。
隣に座っているお父様とお母様も同じく呆れ返っていた。
呆れたことだ。
これだけ許してほしいと言いながら、一度も自分のしたことは謝罪しないなんて。
もとより反省する意思なんてない、と態度で示しているのと一緒だ。
「許してほしいと言いながら謝罪はなく、ただ反省もない。そんな貴方をどうやって許せと言うのでしょうか」
「それは…………セレナ、今まで済まなかった」
そうして、ようやくエリオットは私に謝罪をした。
といっても、もうほとんど手遅れだったが。
しかしエリオットはそれを理解していなかったのか、パッと明るい表情になった。
まるで、「謝ったし、これで許してもらえるだろう」と。
「そ、それでセレナ、婚約破棄の件についてだけど……」
「婚約の破棄はさせてもらいます」
「えっ……何で……」
「何でって、謝ったから許してもらえると思っていたんですか……?」
エリオットが呆けた表情で私を見ていた。
この分ではそう思っていたようだ。
私は一つため息をつく。
そんな私の態度に腹が立ったのか、エリオットはムッとした表情になっていた。
「君が謝れと言ったから謝ったのにそんな言い方をするなんて……」
この期に及んでまだお門違いな怒りを浮かべているエリオットに、私は静かに語りかけた。
「エリオット様、私は今まで貴方との婚約を維持しようと、努力を続けて参りました。どんなに酷いことをされようと、エスコートを放り出されようと、私にどんな悪評がつこうと、エリオット様との関係を改善しようとしてきました」
婚約者として蔑ろにされても、エリオットの行動のせいで私に悪評がつこうと、私はエリオットとの関係を維持しようと努めてきた。
「ですが、私が何度も諦めず差し伸ばした手をそれでも払い除けたのはエリオット様自身です」
確かに、まだエリオットに対して情はある。
エリオットとの婚約がこうしてなくなってしまうことを残念に思う気持ちもある。
しかしそれはエリオットとの昔の記憶を思い出して残念に思ってるだけであり、今のエリオットにはもう何の感情もない、と言うのが私の本音だった。
私の中にあったエリオットへの感情はバラバラに砕け散り、何も残ってはいなかった。
「エリオット様がどう思われているのかは私には分かりませんが、私は感情のない人形ではないのです。……もうエリオット様に裏切られるのには疲れました」
「人形だなんて、僕はそんな風には……」
「なら、なぜ私の気持ちを考えてはくれなかったのですか。私が苦しんでいるのを見て、何も変えようとはしてくれなかったのですか」
「……」
エリオットは答えない。
実際にエリオットは何もしなかった。
私が何を言おうとも、固く耳を閉ざし、目を逸らしたのだから。
「結局、エリオット様は私のことをなんとも思っていないのです。ですから、こんなに酷いことができるのです」
私のことは大切じゃないから、私がどんなに傷つこうとも、痛みを訴えようともエリオットは何も感じない。
そう言うことなのだ。
「ですから、私はもうエリオット様との婚約を維持できるとは思いません」
「……すまない、セレナ。僕にできる償いがあるなら、どんなことでもするから……」
「エリオット様ができる唯一の償いは、婚約の破棄を受け入れてくださることだけです」
もう話し合いでどうにかなる段階はとっくの昔に通り過ぎた。
私は息を吸って、エリオットを真正面から見据えた。
エリオットとサンダーソン侯爵家への要求をはっきりと述べた。
「私はエリオット様有責の婚約破棄、慰謝料としてサンダーソン侯爵家の資産の三割、そして、今回の婚約の破棄についての件の経緯の公開を望みます」
「なっ……!」
「それは……!」
私が望んだのはサンダーソン侯爵家が望んだのとは正反対の要求だった。
エリオットとサンダーソン侯爵夫妻は自身が望んだものとは全く逆の展開になり、驚愕していた。
「……申し訳ありませんお父様、私は自室に帰ります」
正直に言って、私はかなり疲れていた。
そのため、私はソファから立ち上がり、自室へと戻ることにした。
「ああ、後は任せなさい」
お父様とお母様はそんな私を優しい言葉をかけて、送り出してくれた。
そうして、後からお父様とお母様が私の望みをサンダーソン侯爵家には伝えたと教えてくれた。