58話
隣国、シルヴァンディア王国から第三王子であるミシェルが留学してきた。
俺とセレナの間での、ミシェルに対する見方の違いが発生した。俺はミシェルのことを信頼できる相手ではないと考えているが、セレナはミシェルを信頼できると主張した。
最悪なことに、そのせいで俺とセレナは喧嘩をしてしまった。
俺がミシェルに強く当たるのに、少し嫉妬が混じっていたと言われれば……そうかもしれない。俺以外に信頼している相手がいるという事実を意識すると、胸が締め付けられるような思いだった。
だが……あれだけわかりやすく嫉妬しているのに、どうして気が付かないんだセレナは。
それからも、どうにかして関係を元に戻そうとした。機を窺って話しかけようとしてみたり、いつものように綺麗だと言おうとした。だが、ウザがられるのではないかと怖くなって、できなかった。そもそも俺はあまり人との付き合い方がうまい方ではなかったことも原因だった。
セレナとの心が離れた状態は身を引き裂かれるような、今まで経験したことのないような辛さだった。
このまま二度と元の関係には戻れないんだろうか…………いや、もしかしたらセレナには冷められてしまったのかもしれない。それも当然だ。
こんな些細なことで嫉妬するような男、セレナからすれば願い下げなのかもな……。
考えれば考えるほど、悪い思考の渦に嵌っていくような気がした。
だが、それが杞憂だったとわかったのは、パーティーでだった。
パーティーの前にお互いの気持ちを確かめ合い、仲を修復したこと。
そしてパーティーのあとの国王の話し合いの場で。
「私も、ノクス様と婚約を解消するつもりはありません。ノクス様は私にとっていちばん大切な人です。そんな人との婚約を解消するなんて……考えられません!」
婚約を解消する意思があるかどうか聞かれたセレナは、国王に向かってそう断言した。
セレナの言葉を疑ったことは一度もない。それでもセレナがもし俺に愛想を尽かしているなら、ここが婚約を解消する絶好の機会だった。だからこそ、婚約を解消しないと断言してくれたというのは……本当に嬉しかった。
***
国王の話し合いが終わったあと、俺たちの間には不穏な空気が流れていた。
先ほどの話し合いで「もしかしたら婚約を解消してもらうことになるかもしれない」と言われたからだ。馬車の窓を見るセレナは、どこか不安気な表情だった。
対して俺は……そこまで不安には感じていなかった。
国王との話で出た婚約解消うんぬんのくだりを嘘だと思っているわけではない。それどころかほとんど真実だろう。
だが、あの部屋から出る時、国王は俺に片目を瞑った。俺はその意図を正確に読み取った。
お節介な話だ。俺とセレナの間にもう一度亀裂が入りそうになったのを見て、フォローを出したのだろう。場を調整するだけでそこからは完全に自分の力でなんとかしなければならないのが、父らしいと言えば父らしい。
父の言いたいことは一つ。
婚約解消を阻止する意志を持て。
セレナと婚約を解消したくないと思っていても、そのために行動する意志を持たなければ意味がない。理不尽な場面に遭遇しても、政治的にセレナとの仲を引き裂かれそうになったとしても、結局は自分がどうするのかなのだ。
意志を持って行動すれば、必ず道は開ける。
ずっと。ずっとただ見ていることしかできなかった。セレナには婚約者がいて、俺が彼女の意思に反して仲を引き裂くことはできなかった。そして、身を焦がされるような想いで彼女を見守りながら五年という月日がながれ、ようやく転機が訪れた。
ようやく、セレナと婚約することができたのだ。二度と手放すわけにはいかない。
(そうだな……俺が覚悟と意志を示す番だ)
まずは、セレナの暗い表情を払拭することにしよう。彼女に暗い表情は似合わない。
いつものように、咲き誇る花のような笑顔こそ、セレナに一番似合う顔だ。
馬車がセレナの屋敷の前に止まる。俺は馬車から出てきたセレナの前に跪いた。
「セレナ」
「ひゃっ……はいっ!」
俺はセレナの手を取る。セレナは少し驚いたような声を上げた。
「俺は、絶対にセレナと婚約を解消するつもりはない。俺はセレナを──愛している」
まっすぐ。
意志と覚悟を伝えるために、セレナの瞳を見つめる。
セレナは俺の言葉に蜂蜜色の瞳を少し見開いて……花が咲き誇るような笑みを浮かべた。
「……はいっ!」
この時、俺は改めて誓ったのだった。セレナをあらゆるものから守り抜くと。
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