56話
その後、もう一度パーティーに出るという雰囲気ではなくなっていたので、私はそのまま屋敷に帰ることにした。
ノクスは王宮に住んでいるがミシェルとの一件があったので、一緒の馬車に乗って送ってくれることになった。
国王は婚約の解消は確定ではないと言っていたが、私たちの間には言いようのない不安感が漂っていた。
そのせいで、馬車のなかには沈黙が降りていた。
せっかくパーティーが始まる前に仲直りができたと思ったのに、私とノクスの関係が戻ってしまったみたいに感じて、少し悲しくなった。
(あれ……?)
王宮を出る時に、馬車の窓から見知った顔が見えて、私は首を傾げた。
(あれは……アシュモアさん、だよね?)
ミシェルの執事であるオリバーが、王宮を囲む壁沿いに歩いていたのだ。
目立たない風貌なので一瞬見逃しそうになったが間違いない。あれはオリバーだ。
(どこかから王宮に戻ってきたの……? でも、この先は私の家とか、貴族の屋敷があるくらいだし……。どうしてあんなところを歩いてるんだろう……)
オリバーは王宮の壁沿いを、何かを確認するように歩いていた。
そういえば彼は確か、ミシェルの忘れ物を取りに行くという口実で王宮内を探索していたはずだけど……あのあと、オリバーはミシェルを連れ出すことができたのだろうか。
私のなかに様々な疑問が浮かぶ。
しかしその時の私は目の前に大きな問題があったので、特にそれ以上気に留めることはなかった。
オリバーのことはすぐに忘れてしまい、屋敷の前に到着するまで、私の心のなかは不安でいっぱいだった。
だけど……そんな不安はすぐに吹き飛んでいってしまった。
馬車が屋敷の前に着いた時、ノクスがとあることを話してくれたから。
それがどういう内容だったかは、私とノクスだけの秘密だ。
そうそう、屋敷に帰ってから両親にミシェル王子に婚約を申し込まれてしまったことを報告すると、二人とも気絶しそうになって大変だった。
***
セレナとノクスが去ったあと、部屋のなかには国王と宰相だけが残されていた。
宰相はメガネを押し上げて、国王に対して質問する。
「……よろしかったのですか。あんな脅し方をして。本当は婚約を解消するおつもりはないのでしょう?」
「大丈夫だ」
宰相の質問に国王はキッパリと答えた。
「これでも私とノクスは親子だ。息子は私の本当の目的に気がついているだろう」
「本当の目的、ですか?」
「少し脅すようなことを言ったが、婚約を解消させるつもりは毛頭ない」
「ではなぜあのようなことを?」
「こう言った方が二人の絆が深まるだろう?」
国王は片目を瞑った。
「国王様……」
国王の言葉に宰相ははぁ……と呆れたようなため息を吐いた。
「まったく……いくら二人の仲を発展させるためとはいえ、普通そこまでしますかね……」
「私も国王ではあるが、一人の理解ある父親だからな」
茶目っ気を見せる国王に宰相はもう一度ため息を吐きながら、空気を切り替えるために一際真面目な声色で国王へと進言した。
「ですが、婚約の件に関して、私は嘘をついたつもりも、誇張したつもりもありませんよ」
国王は違うかもしれないが、宰相はノクスとセレナに説明したことについて、一つも誇張を挟んだつもりはなかった。
レイヴンクロフトとシルヴァンディアの両国の関係は今、冷え切っており、実際に断ればさらに緊張状態になることは確実だ。
それこそ、戦争に突入してしまう可能性だって捨てきれない。
「シルヴァンディアとレイヴンクロフトの関係が悪化するかどうかは、この婚約の話を上手く切り抜けられるかにかかっています。どうするのですか」
「もちろん、私は息子とセレナ嬢の関係を応援している。婚約は断るつもりで動く」
「そうなると、波風を立たせないように断るのは大変ですよ……?」
「そこは私たちの腕の見せどころだろう。期待しているぞ、宰相」
「また厄介な仕事が増えましたね……」
国王から振られた大仕事に、宰相はメガネを押し上げながらため息を吐いたのだった。
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