53話
「……ミシェル様?」
私は首を傾げて振り返る。
そこには、微笑みを浮かべているミシェルがいた。
まずい。なんだかすごく嫌な予感がする。
ミシェルが浮かべているのはいつもと同じ表情のはずなのに、どこか違う気がする。
違和感の正体がわかった。目だ。ミシェルの目が、いつもと違う。
この目はそう……何か覚悟を決めたような……。
「セレナ・ハートフィールド様」
ミシェルが先ほどと同じように私の前に跪いた。
すぐにここから離れないと、と頭のなかで警鐘が鳴っているのに、私の体はまるで氷漬けにされたみたいに固まって動かない。
だめだ。今すぐに離れないと。
ミシェルは私の手を取り、大勢の貴族が見守っているなかで宣言した。
「私と──婚約してください」
時が止まった。
周囲の貴族の息遣いさえ聞こえてきそうな静寂が一瞬場を支配する。そして数瞬遅れて、ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。
「えっ」
「今のって……」
「婚約、って言ったわよね……?」
「そんな、本当に……!?」
「ミシェル様が、婚約……!?」
「何があったんだ?」
「ミシェル王子が婚約を申し込んだらしい」
今の一幕を聞いていた貴族たちからざわめきが広がり、やがて会場中へと波及していく。
「うそ、どうして……」
私は目を見開いて、目の前のミシェルに問いかけた。
「申し訳ありません。セレナ嬢」
言葉とは裏腹に、強い意志の籠もった目のミシェルが私の瞳を射すくめる。
「突然こんなことを言って困惑させてしまい、申し訳ございません。ですが、どうしてもこの気持ちを抑えることができなかったのです」
ミシェルの言っている言葉の意味がわからなかった。
どうして。ミシェルは私に婚約者がいることはわかっているはずなのに……。
「セレナ!」
その時、ざわめきを打ち破るように聞き慣れた声が割って入ってきた。
「ノクス様……」
ノクスは今の一部始終を見ていたのか早足でやってくると、私の肩を抱いてミシェルから遮るように自分の陰に隠した。
そして立ち上がったミシェルを睨みつけ、きつい口調でこんなことをした意図を問いかけた。
「ミシェル。お前も知っているはずだ。セレナは俺の婚約者だと」
「ええ、もちろん承知しています」
「ならどうして……!」
「先ほどセレナ嬢に言った通りです。私はこの胸の内からあふれる感情を抑えることができなくなってしまった……だから、セレナ嬢にプロポーズしたんです」
ミシェルはノクスに対して一歩も退くつもりはない、という強い目で見つめ返す。
「誤解しないでいただきたいのですが、私は本気です。本気でセレナ嬢に婚約していただきたいと思っているのです」
そうしてミシェルは最後に私に向き直ると微笑んだ。
「それではセレナ嬢、考えておいてください」
ミシェルはそう言い残すと、私たちの前から立ち去った。
一斉に貴族たちが今目の前で起こった出来事について話し始める。
好奇や嫉妬の視線が私に突き刺さる。
「セレナ。こっちへ」
その視線から庇うようにノクスが私の手を引いて、パーティー会場の外へと連れ出した。
人目を避けるように廊下を進んでやってきたのは、王宮のとある一室だった。
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