50話
その日は、王宮でパーティーが催されていた。
主賓はミシェルだ。シルヴァンディア王国との関係は悪くなっている上に、無理やり押しかけてきたとはいえ、それを知っているのは王族と私たち貴族のごく一部。
それに、客観的に見て怪しさはあれど、ミシェルがこの国に来た理由は留学だと公式には発表されている。
せっかく他国の王族がこの国の文化などを学びに来てくれているのだから、パーティーの一つくらい開くのが礼儀だ。ということでこのパーティーは開かれることになった。
他国の王族、それも見目がかなり整っているということで、パーティーには王都中の貴族が行くと言ったらしい。
当然婚約者のいない令嬢や夫人からたくさん話しかけられるだろうから、今からミシェルのことが心配になってきた。
私とノクスは、パーティーの会場にいた。
私は淡いピンクの可愛らしさを強調したドレス。そしてノクスはいつもの黒を基調とした礼服だった。
いつも通りの格好だ。
だけど、パーティーが始まってしばらく経つというのに、私たちの会話は弾んでいなかった。
リリスからはノクスが私のことを大好きだと言われたけど、こんな空気になると、やはり心配になってくる。
それに、ノクスもどこかそわそわしてるし……。
「少し、今から話したいことがあるんだが……いいか?」
「あ、はい。大丈夫ですけど……」
「付いてきてくれ」
私は何の話をするんだろう、と考えながらノクスのあとをついていく。
やってきたのは王宮のなかの一室、応接室だった。
ソファに座った私は、対面に座ったノクスの顔を見る。
私の対面に座っているノクスは真剣な表情で、今から大切な話を切り出してきそうな雰囲気を漂わせていた。
リリスからお墨付きをもらったし、ノクスには嫌われてないはずだ……多分。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「すまなかった」
「えっ?」
予想外の言葉に思考がフリーズした。
ノクスは私の前に跪いて、手を握ってきた。
「ミシェルとの一件以降、ずっと俺たち、気まずい雰囲気だっただろう」
「そう、ですね」
ミシェルがいい人か悪い人か、ということで少し言い合いになったのだ。
そこでは一旦、私がミシェルを警戒するということで話が纏まったのだが、ノクスの言う通りしこりというか、わだかまりのようなものが私たちの間にはあった。
そのせいで、ここしばらくの私たちの関係は、上手くいっていなかったと言ってもいい。
「俺のせいで、セレナにずっと不安な思いをさせてしまった。俺はもう……想い人と喧嘩なんかしたくないんだ」
明らかにシュンとした顔でノクスは私の手を取る。
その誠実すぎる謝罪と、寂しそうな瞳に、私の心は動かされた……どころか。
(ななな、なにこれ〜〜〜〜っ!!! すっっごくキュンとくるんですけど!?)
いつもは涼しい顔をしてなんでもこなして、孤高な雰囲気をまとっているノクスの、初めて見せる弱り顔。
それは私の心を激しくノックした。
なにこのしょんぼり顔、めちゃくちゃ好きなんですけど……!
困り眉の上目遣い。くぅ、キュンキュンする……!
この人、やはり自分の容姿のよさを自覚して使っているのではないだろうか。
……いや、違う。ノクスの目を見ればわかる。本当に心の底から謝ってる。
「私も、もうノクス様と喧嘩なんてしたくないです」
私も本心をノクスへと告げた。
私だってノクスと同じ気持ちだ。好んで好きな人と喧嘩したいわけじゃない。ただ、私とノクスの違いはミシェルに向ける視線の違いだけ。たったそれだけなのだ。
「ノクス様は、それほどまでにミシェル様を怪しんでいるのですか?」
「……正直、俺はまだミシェルを怪しいと思っている」
「ノクス様……」
「だから、俺はセレナを信じることにする」
「え? それはどういう……」
「ミシェルを信じているセレナを信じるってことだ。俺も、ミシェルを信じることにする」
「ノクス様……」
私は感極まって、口元を手で押さえる。
「今まで不安にさせてしまってすまなかった。そして改めて言わせてくれ。俺がセレナを嫌うことは絶対にない。俺はセレナを愛している」
「……はいっ」
「そういえば、まだ言っていなかった。セレナ……綺麗だ」
ノクスが私の手を握っている手に少し力を込める。
私は応えるようにその手を握り返したのだった。




