49話
そして、マリベルについての話が終わったあと、私たちはサロンを出て、少し歩くことにした。
ミシェルの「王国を見て回りたい」という要望があったからだ。
まあ、この時間帯なら人通りも多いし、彼も怪しい動きはできない。それに国家機密レベルの情報をくれた彼に何かお礼をしたくて、私は付き合うことにした。
私たちは夕日がよく見える高台へとやってきた。
ここは広場になっており、ベンチが設置されている。ちょうど夕日が綺麗に見える時間帯ということで、周囲にはカップルが数組いた。
「きれいですね……」
風になびく髪を耳にかけながら、私は目の前の美しい景色に目を細めた。
夕日に照らされ赤一色に染まる町並みを一望できるのは、広い王都を探してもここぐらいだろう。
「セレナ嬢、今日は付き合っていただいてありがとうございます」
「私もお話が聞けてよかったです」
マリベルがレイヴンクロフト王国に対して何か報復をしようとしている、という話をこの段階で聞けたのは大きな収穫だった。
禁薬を用いてシルヴァンディア王国でマリベルは急速に地位を築いているとはいえ、さすがにまだ国の世論をレイヴンクロフト王国との戦争へと持って行く影響力はないはずだ。
それにマリベルがシルヴァンディア王国にいるという確証を得られたのも、大きな前進だ。
マリベルをどうやって捕えるかはまだ問題があるけれど、今ならまだ手の打ちようはいくらでもある。
隣を見るとミシェルの髪が風になびいていた。
夕日に照らされているその横顔に、一つ質問を投げかけた。
「ミシェル様は、どうして留学してこようと思ったのですか?」
「留学してきた理由、ですか? そうですね……」
ミシェルは一度私の方を向いて手すりを握ると、そのサラサラの金髪を風になびかせながらまた街の方へと視線を向ける。
「学びたかったんです。技術や、文化、そしてすべてを。兄や父上の代わりに、国を発展させるために」
「ご兄弟やお父上の代わりに、国を発展させる?」
「恥ずかしい話をさせてもらいますが、今、私の国は次期王位を巡って政争の最中なのです」
「それは……」
いきなり国の内情を話し始めたミシェルに私が驚いていると、ミシェルは「私の国のなかでは周知の事実ですから」と微笑みながら片目を瞑った
「セレナ嬢も知っての通り、シルヴァンディア王国は国力だけで見れば、レイヴンクロフト王国の半分程度しかなく、ほとんどすべての分野において劣っています。ですが私の兄上たち、第一王子と第二王子による政争のせいで、国民や国のことについては全く目が向けられていないのです。そして、父上である国王は、その政争を止めるどころか推奨してさえいる……。本来、国を動かすのが私たち王族の役目なのに……」
ミシェルは手すりを強く握りしめる。
「だから、私だけでも国を発展させる努力をしたい」
いつもより強い口調でミシェルは言い切った。
街を見つめるミシェルの目には、強い意志の光が宿っていた。まるで、いつかのノクスのように。
まっすぐな瞳を見ていると、チカ、と夕日が視界の端に入ってきて、私は目を細めた。
「この国のすべてを吸収して、母国に持ち帰りたい。兄上たちが政争で国民や国に目を向けていない今、私が代わりに国を発展させる。そのために、留学に来ました……と、これが私の本心です。信じていただけましたか?」
「……信じます」
私は頷いた。
確信した。
やっぱり、ミシェルは悪い人物ではない。
嘘をついている人がこんな目をできるはずがない。
曲がりなりにも、私は元侯爵令嬢として様々な人間を見てきたから、ある程度人の嘘はわかる。貴族としての私から見ても、ミシェルが演技をしているようには見えなかった。
マリベルの件があったから、今まで心の片隅ではこの人のことを疑っている部分もあった。
でも、信じよう。この人を。
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