5話
「婚約解消にして欲しい……?」
思わず私の口からそんな言葉が漏れた。
サンダーソン侯爵が言った言葉があまりにも予想外の言葉だった。
「エリオットはまだ十六歳です! 婚約破棄となれば、新たな婚約の相手がいなくなります! ここはどうか穏便に、破棄ではなく解消にしていただきたいと……」
婚約破棄ではなく婚約解消になるということは、つまりそれはエリオットの浮気や、その他のハートフィールド家を軽視した態度も公にしないということだ。
確かに婚約破棄をすれば、エリオットの所業はすぐに貴族の世界に広まるだろう。
他家を蔑ろにする家とは、当然誰とも関係を持ちたいとは思わないので、エリオットが婚約を結ぶのは難しくなるだろう。もし婚約を結べたとしても、条件の悪い婚約ばかりとなるはずだ。
「それはつまり、和解をしたいということかね……?」
「それは流石に都合が良すぎるんじゃないかしら?」
お父様とお母様の声色は明らかに怒っていた。
それもそうだろう。サンダーソン侯爵の要求は身勝手極まりない要求だったからだ。
今までサンダーソン侯爵家がハートフィールド侯爵家にしてきた仕打ちを思えば、和解にして欲しいというのは流石に都合が良すぎるにも程があるだろう。
「和解金はそちらの希望の額をお渡しいたします! ですからどうか、婚約破棄だけは……!」
「今まで私たちの言葉を散々粗末に扱い、不貞行為までした其方の息子を、金を多めに支払っただけで無条件で許せと……?」
「ぼ、僕は不貞行為をしたわけじゃ……」
「一つ、忠告をしておくが、君がどう思っているのかは知らないが、君のしたことは客観的に見れば不貞行為と何ら変わりはない」
お父様は不貞行為ではないと主張しようとしたエリオットを一刀両断する。
「和解など生ぬるい。断らせていただく」
お父様の下した決断は和解の提案を断ることだった。
私もお母様もこの決断には不服はない。
サンダーソン侯爵家にされたことの釣り合いがあまりにも取れていない。
しかし尚もサンダーソン侯爵は食い下がった。
「ですが、これはお互いにとってもメリットがあると思うのです! ほら! そちらも婚約破棄となれば、名前に傷がつくでしょう!」
「お互いのためだと? どう考えてもそちらしか得をしてないだろう。それどころか私たちの方が損をしている。何せ、そちらに取られた態度を何もせずに許したとハートフィールド家の名前に傷がつくのだからな」
「それは……!」
侯爵の言い分は一見お互いのことを考えているように見えて、実際は自分のことしか考えていない言葉だった。
上辺だけの言葉で私達のことを騙そうとしているのがバレバレだった。
この期に及んでまであからさま過ぎるサンダーソン侯爵の言葉に、お父様は怒りを通り越して呆れ果てたため息をついた。
「我々は和解なんて生温い方法では解決はしない。婚約は破棄する。確実に。我々を甘く見るな」
お父様はサンダーソン家の面々を睨みつけ、断固とした声で断言した。
サンダーソン家の三人はお父様の威圧に息を呑んだ。
「ただ、賠償の内容は私の娘に任せるとしよう。セレナ、どうしたいかはお前が決めるといい」
「えっ」
父の言葉に私は驚いた。




