44話
「ど、どうしよう……」
私はずーん、と沈みながら学園の廊下を歩いていた。
あれから、まだノクスとは仲直りできてない。
ノクスから嫌われているという勘違いはなくなたものの、ギクシャクしている原因である、私とノクスのミシェルに対する見方の違いは解消されていないのだ。
それに加えてもう一つ大きな悩みがある。
「太ったかも……」
原因は分かっている。
先日、休日にリリスと出かけた際に……スイーツを食べすぎた。
体重を測ったわけではない、というか測るのが怖かったので、どれくらい太ったのかは正確には分からない。
だけど、あんな量のカロリーを摂取して太ってないわけがない。
リリスは「別に見た目は全く変わってないわよ」と言っていたけど、内側から何かが変わっているはずだ。
「ダイエットするしかないのかな……」
でも、ジョギングとかは……むり。箱入りで育ってきた令嬢を舐めないで欲しい。
一番の解決策はカロリーを減らすことだ。
しばらくはスイーツもお預けかな、と思っていると、見知った顔を見つけた。
黒髪黒目に、平均的な身長。どこにでもいるような雰囲気の男子生徒。
しかし、その身はシルヴァンディア王国の第三王子を補佐する役目を負っている。
オリバー・アシュモア。
ミシェルの留学に一人だけ付いてきた執事であり、ノクスのクラスに生徒として編入してきた男子生徒だ。
彼はミシェルについて生徒会の仕事を手伝ったことがある。そのため私は顔見知りの状態だった。
オリバーは今、女子生徒に囲まれていた。
別に女子生徒に人気があるというわけではなさそうで、オリバーは囲まれているというよりは、詰め寄られているという表現の方が似合っていた。
嫌な予感がした私は、オリバーの方へと歩いていく。
「どうしてよ!」
「なんでミシェル王子に私達を紹介してくれないの!?」
「あなたは執事でしょう! 私たちを紹介しなさい!」
「そうよ、執事のくせに私たちに口答えしないで!」
令嬢たちはオリバーを取り囲み、強い口調でそんなことを言っていた。
「何度も言っていますが、私からミシェル王子へ顔を繋ぐ、というのは出来かねます」
「あなた、私達が誰だか分かってるの!?」
令嬢に対して毅然と対応するオリバーの声が聞こえてくる。あれだけ圧力をかけられても微塵も動じていない。これくらいで動揺していては王族の執事は務められないということだろう。
どうやらミシェルとどうにかして知り合いになりたいと思っている令嬢が、オリバーに迫っているらしい。
ミシェルは気さくで誰に対しても公平に接するがあくまで王族なので、一介の貴族令嬢から声をかけるのは気後れするうえ、強引に接触すると不興を買い、嫌われる可能性もある。
そのためオリバーからミシェルへと紹介してもらおう、という目算なのだろう。
あれだけ強気で詰め寄っているのは、オリバーが執事だからというのもあるのかもしれない。
どちらにせよ、同じこの国の貴族としても、生徒としても見過ごせない光景だ。
「何をしているんですか」
私は彼女たちに声を掛ける。
「セ、セレナ様……」
私が声を掛けると、令嬢たちは驚いたような表情になった。
彼女たちに向かって眉を顰めながら私は注意する。
「彼はこの国に留学してきている方ですよ。その方に詰め寄るような無礼な行為は、私達の国の評判を下げる行為です。その自覚があなた達にはありますか?」
「それは……」
私が問いかけると、女子生徒たちはたじろいだ。
中には私に言われてハッと自覚している子までいた。
多分、この子達は一年生だろう。
「どちらにせよ、執事だから、と見下すのはこの学園の生徒としても貴族としても恥ずべき言動です。今後、絶対にしないと約束してください。いいですね」
「……はい」
女子生徒たちは反省した顔色で去っていく。
「ハートフィールド様、助けていただいてありがとうございます」
彼女たちが立ち去った後、オリバーが私へと頭を下げてきた。
「いえ、謝罪するのは私の方で……」
「私は特に気にしていないので」
うちの生徒が迷惑をかけてごめんなさい、と謝ろうとするとオリバーが首を振って止めてきた。
気にしていないと言われればこれ以上謝ることも出来ないので、私は別の質問をすることにした。
「そういえばアシュモアさん。こんなところで何をしているんですか?」
オリバーの教室や、ミシェルのいる教室からも外れている。
「少し、探しものをしてまして」
「えっ、探しものを?」
「はい、私の不注意で落としてしまって」
オリバーが少し残念そうに目を伏せる。
いつも感情を表に出すことのないオリバーが初めて感情を見せた。
きっと、以前手伝った生徒のようにとても大切なものなのだろう。
「それは一体どんなものなのでしょうか」
「ペンダントです」
「そのペンダント探し、私も手伝ってもいいでしょうか」
「ありがとうございます」
驚くほどあっさりとオリバーは頭を下げて、私の提案を受け入れた。
それから、私とオリバーは彼が通った場所をたどることにした。
以前の指輪をなくした生徒のように芝生の上を歩いた、ということはないそうなので、来た道をたどっていけば直に見つかるだろう、ということだった。
かなり歩いてきたが、やはり見つからない。
無口なオリバーと二人きり、というのも気まずかったので、私は頭をフル回転させて質問してきた。
「そう言えば、アシュモアさんはミシェル様と同室でしたよね? ミシェル様はいつも休日はなにをされているのでしょう」
と、全て言いきって、私は「あっ」と気がついた。
急いで質問を考えたせいで、さっきの令嬢たちと同じような質問をしてしまった……!
「あ、あの、これは別にそういう意味でなくてですね……ちょっと急いで考えた結果というか……!」
勘違いされそうだったので、慌てて私は言い訳する。
それに、オリバーは王族付きの執事だ。
王族付きの執事は仕事柄、王族の秘密や弱点になりそうなことを知っているため、万が一にも王族の情報を他国に漏らさないように訓練を受けている。
例に漏れずオリバーもミシェルに関しては秘密一つ漏らすまいと鉄壁なので、何も喋らないだろうと思っていたのだが……。
「ミシェル王子は朝に弱いので、休日はかなり遅くに起きてきます」
オリバーは鉄面皮を崩さないまま答えた。
……あれ?
さっきの彼女たちには頑としてなにもしなかったのに、私にはあっさり教えた? どうしてだろう。
「あの……こういうのもなんですが、私には言っても良いんですか?」
「ハートフィールド様はミシェル様のご友人ですので」
「な、なるほど……?」
基準がよくわからない……。
私が首を捻っていると、オリバーが急にしゃがみこんだ。
「見つけました」
「えっ」
オリバーが立ち上がると、そこにはネックレスが握られていた。
「これが私の探していたものです」
どうやら落としたものを見つけたらしい。
おかしいな……さっきまでそんな所にはネックレスは落ちてなかったはずなんだけど。
まあ、多分見落としたのかな、と私は結論づけることにした。
オリバーがお礼を言いながら頭を下げてくる。
「ハートフィールド様、手伝っていただいてありがとうございます」
「あ、いえ……私はほとんど何もしてないですけど」
実際、私はただ一緒に歩いていただけだ。
「それでは、私はここで失礼致します」
もう一度オリバーは頭を下げると、去っていった。
「……ま、見つかったからいっか」
色々と不思議なことはあったものの、落とし物は見つかったので良しとすることにした。
廊下を歩きながら、私は一人呟く。
「それにしても、休日は起きるのが遅いんだ……」
あの完璧超人みたいなミシェルに、私は少しだけ親近感を覚えたのだった。




