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【書籍化&コミカライズ化!】貴方に未練はありません! 〜浮気者の婚約者を捨てたら王子様の溺愛が待っていました〜  作者: 水垣するめ
二章

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42話

 それは、ミシェルが留学してきて一週間ほど経ったときのことだった。


 廊下を歩いていた時、芝生の生えた広場でしゃがみこみ、何かを探している様子の男子生徒がいた。

 その人物に私は驚いていた。

 サラサラの金髪、青い瞳、ノクスのように整った顔。

 探しものをしているのは……ミシェルだったからだ。


「ミシェル様、いったいどうされたんですか……?」

「ああ、セレナ嬢……」


 私の声を聞いてミシェルが立ち上がる。

 ミシェルは探しものをしている内に暑くなったのか、制服の上着を脱ぎ、シャツの腕をまくっていた。

 まくった袖やボタンを外した首元から血管の浮かんだ腕や、鎖骨がチラリと見えて私は目をそらす。

 なんだかいけないものを見てしまったような気がしたのだ。


 意外だったのは、ミシェルが泥だらけになっているところだった。

 泥がついた手で頬を拭ったのか、頬には泥がついていた。

 ミシェルはいつも、身だしなみはキッチリとしている。

 制服には一つの乱れもないし、寝癖なんてついてるところは見たことがない。

 長旅の翌日ですら、疲れたところすら見せない完璧ぶりだ。

 一部の隙もない、という言葉がよく似合うくらいだ。

 そんなミシェルが、泥に汚れながら何かを探している、というのが衝撃だった。


「なにか探しものをされているみたいでしたが……」

「ああ、そうなんですよ。少し探しものをしていまして」

「ここでですか? それは……」


 私はミシェルに少し同情した。

 この広い芝生の中、落とし物をすればさぞ見つけるのは大変だろう。

 ノクスの忠告はもちろん知っているけれど、無性に手伝ってあげたくなった。


「何を無くされたんですか? 私も手伝います」

「ああ、無くしたのは僕ではなくて……」


 ちらり、とミシェルは遠くの方に視線をやった。

 そこにはさっきまでのミシェルと同じく、泥だらけになりながらも何かを探している女子生徒がいた。


「アンナさん」


 ミシェルが手を振って名前を呼ぶと、アンナと呼ばれた生徒はこちらへとやって来た。

 顔は見たことがない生徒だった。

 身なりを見るに、恐らく平民の生徒だ。


「実は、無くしものをしたのは彼女なんです。どうやら、亡くなったおばあ様の形見を無くされたそうで」

「そんな……」


 祖母の遺してくれた形見。

 そんなの諦められるはずがないだろう。


「あれは……昨年亡くなった祖母が遺してくれた、唯一の形見なんです……絶対に見つけないといけないのに全然見つからなくて……」


 アンナはずっと探しても見つからないからか、泣きそうな顔になっていた。 

 ミシェルが手伝っている理由が分かる。

 こんなの、私だって放っておけない。


「私も手伝います」

「え、そんな……セレナ様に手伝っていただくわけには……」

「遠慮しないで。私も生徒会の人間ですから、この学園の生徒が困っていたら助けるのは当然です」

「ありがとうございます……」 

「落とし物って、どんな形?」

「指輪です。小さいですが宝石が嵌っています」


 落としたのは小さな指輪らしい。

 道理で見つけにくいわけだ。


「どこで落としたのか分かる?」

「ここらへんなんですけど、芝生で全然見えなくて……」


 それから、私達の失せ物探しが始まった。

 黙々と、芝生をかき分けながら小さな指輪を探していく。

 私も徐々にミシェルやアンナのように泥だらけになっていったが、そんなこと祖母の形見を無くしてしまったアンナの気持ちに比べれば、全く気にならなかった。

 一時間、二時間と時間が過ぎていき、誰も口にしないがもう見つからないのでは、と思った時。


「これ……」


 芝生の中から小さな指輪が出てきた。

 アンナの言った通り、小さな宝石が嵌っている。


「アンナさん、これ」

「見つかったんですか!?」

「落としていた指輪はこれですか?」


 駆け寄ってきたアンナに指輪を見せる。


「あ、ああっ……!」


 指輪を見た途端、アンナは感極まって泣き始めた。


「良かった……っ! もう、見つからないんじゃって思って……っ!」


 アンナは胸の前で指輪を強く握りしめ、大粒の涙を流す。


「ありがとうございます……っ! セレナ様、ミシェル様……っ!!」

「ほら、泣かないで」


 アンナの涙をハンカチで拭おうとしたが、指先が泥だらけなことに気が付いた。


「はは、皆泥だらけですね」


 そのことに気が付いたミシェルが、カラッと爽やかに笑う。


「何にせよ、見つかってよかったです。本当に」

「……」


 そのホッと安堵しているようなミシェルの笑顔に、私はまた少し意外感を覚えた。





 何度も頭を下げて去っていくアンナに手を降っていたミシェルが、不意に口を開いた。


「生徒会の仕事、遅れてしまいましたね」

「そうですね、どう言い訳したものか……」


 時刻はすでに夕方。

 すでに生徒会の仕事は始まっていて、私達は現在進行系で無断でサボってしまっている。

 やっちゃったな、という気持ちはある。

 でも、不思議と後悔はなかった。

 隣のミシェルを見れば同じ考えのようで、生徒会の仕事を放りだしてしまっている現状にも関わらず、アンナの姿を見てどこか晴れやかな笑顔を浮かべている。


 その姿は、とてもじゃないがノクスたちが心配しているようなスパイからはかけ離れていた。

 ──本当にこの人は悪人なのか。

 そうだ、本当にスパイなら、ここまで泥だらけになって何の得にもならないことをして、他国の人間を助けるだろうか。

 私は確かめるために、質問をした。


「……どうして、彼女を手伝おうとおもったのですか?」

「え? そうですね……」


 ミシェルは考え込んで、顔を上げる。


「うまく説明は出来ませんが……どうしても見過ごせなかったんです」

「ミシェル様は王族なのに?」

「王族だからこそ、見過ごせなかったんですよ。だって、僕たちは彼女のような人の笑顔を守るべき立場でしょう?」


 その姿が、かつてのノクスと重なった。


(ああ、この人は……)


 私は確信した。

 この人は悪人ではないと。


「セレナ!」


 その時だった。

 焦った様子のノクスが私とミシェルの方へと駆け寄ってきた。


「ノクス様?」

「一体なんでこんなところにいるんだ! いつまで経っても生徒会室に来ないから心配したんだぞ!」


 どうやら、ノクスは私を心配して探し回っていたらしい。

 今まで走っていたのか、少し汗ばんでいる。


「すみません、ノクス様。実は……」


 私はノクスに対して状況を説明する。

 説明を聞いたノクスは、両腕を組んで唸った後、ため息を吐いた。


「……そうか、それなら仕方がないな。お前がそういうのを見逃せない性格なのは知っているしな」

「怒らないんですか?」

「生徒のためにしていたなら、怒ることもできないさ」


 てっきり連絡もなかったから怒られると思ったんだけど……。


「申し訳ありません、ノクス。無断で生徒会の仕事に遅れてしまって」

「いや、構わない。それよりも生徒会長として、うちの生徒を助けてくれたこと、感謝する」


 ノクスはミシェルに対して一礼する。


「すまないが、セレナと二人きりで話がしたいんだ。先に行ってもらえるか」

「分かりました」


 ミシェルは特に気分を害した様子もなく、生徒会室へと向かう。

 その背中を見えなくなると、ノクスが私に向き直る。


「セレナ、あいつには警戒しろと言っただろ! 奴と二人きりになるなんて……」

「ですが、生徒のなくしものを……」

「事情は分かる。だがあいつは危険なんだ。二人きりになるのは……」


 ノクスの言い草に、さっきのミシェルの清々しい顔を思い出し、私はムッとなった。


「ノクス様、流石にそれは言いすぎだと思います。ミシェル様は純粋に、この学園の生徒を助けてくれたんですよ?」

「それは……」

「それに、私はミシェル様は悪人ではないと思います。だって、こんな誰も見てないような所で良いことをしたって誰も見てないのに、泥だらけになりながら助けるでしょうか」


 もしこれが、生徒や人通りの多い場所だったなら、人心をつかむためにやっているパフォーマンスだ、という見方もできる。

 でもここを私が通ったのは、全くの偶然だ。

 それに放課後であるため、生徒たちは余り通らない。

 その中でわざわざ人を助ける必要があるのだろうか。


「そうかもしれない。……だが、留学してきた状況的にミシェルが怪しいことは明らかだ。俺はこの国の王族として、常に最悪を考えておかなければならない。それにお前に何かあったらと思うと俺は……」


 ノクスが心配そうな顔で私の頬に触れてくる。

 ちょっと一旦冷静になって考えてみた。

 でも、ノクスの言うことにも一理ある。

 一緒になくしものを探した私はミシェルがどういう人間か分かっているが、ノクスは一緒にいたわけではない。

 ミシェルが留学してきた経緯や、国同士の状況を見れば、怪しいのは確かなのだ。

 そして、ノクスは本当に私を心配してこう言ってくれているのだ。


「とにかく、ミシェルとは二人きりになるな。いいな」

「……分かりました」


 納得は出来ない。

 でも、ノクスの言うことは理解できる。

 だから渋々頷いたのだった。

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