41話
それから、ミシェルとの学園生活が始まった。
異国からの王子であり、ノクスに匹敵するほど見目もいいミシェルは、すぐに学園の人気者となった。
そのあまりの人気ぶりからはじめは訝しげな視線を向けていた男子生徒も、ミシェルを次第に見直すようになっていた。
王族にも関わらず、驕り高ぶった様子がなく、誰に対しても平等に接するうえ、性格まで良いのだ。人気が出ないはずがない。
風の噂で聞いたことだが、令嬢たちの間では、すでにファンクラブのようなものが出来つつあるようだ。
そしてミシェルのことを除いて一番大きな変化となったのは……私とミシェルが生徒会役員になったことだ。
これは慣例として、留学してきた他国の王族には生徒会に入ってもらう、という事になっているのだ。
生徒会には王族や高位の貴族、そしてレイヴンクロフト王国の中でも優秀な生徒が揃っているので、親睦を深めてもらおう、という狙いがある。
留学生はこの国の王族や高位の貴族と親睦を深めることができ、私達は他国の王族と親睦を深めることができる、という算段だ。
「というわけで、ミシェル第三王子、そしてセレナが生徒会役員に加入することになった」
ノクスが私とミシェルを紹介する。
私は去年、少しだけだが生徒会の仕事を手伝ったことがあったので、生徒会のメンバーとは顔見知りだった。
ノクスは生徒会長、リリスは生徒会副会長だ。
ちなみに、私が担当するのは会計の仕事だ。ノクスに理由を尋ねると「お金の勘定が得意そうだから」だった。失礼だなと思ったので笑顔で肩を強めに叩いておいた。
「セレナ・ハートフィールドです。会計を務めさせていただきます。これからよろしくお願いします」
拍手が鳴る。リリスはなぜか特に大きい拍手を鳴らしていた。
つつがなく自己紹介を終えると、今度はミシェルが自己紹介をした。
「改まして自己紹介を。僕はミシェル・シルヴァンディアと申します。書記として精一杯生徒会の仕事を全うさせていただきます」
ミシェルが丁寧に腰を折り曲げ、自己紹介する。
ミシェルが一礼すると、生徒会室の中からパチパチと大きな拍手が鳴る。
「ミシェル王子、それでは早速……」
「ノクス王子、僕のことはミシェルと呼んでいただければ。僕はただの一生徒でしかありませんので」
「分かったミシェル。俺のこともノクスで構わない。早速だが、書記として仕事を頼めるか」
「はい、もちろんです」
ミシェルは頷いて、議事録をまとめる紙を受け取った。
「では今年度の……」
生徒会長であるノクスが会議を再開する。
会議が終わると、そのまま仕事に入った。
しばらくすると、ノクスが私の方へと書類を持ってきた。
「セレナ、これを頼む」
「はい、ノクス様」
ノクスが持ってきた書類を受け取る。
「どうだセレナ、仕事は慣れてきたか」
「はい、おかげさまで。それはそうと……」
「ん? どうした?」
「私、ノクス様が私のことを「お金の勘定が得意そう」って言ってたの、まだ忘れてませんから」
私が笑ってない笑顔を向けると、ノクスは目を泳がせた。
「い、いやそれは言葉の綾で……」
「言葉の、綾」
「……今度、例の店に連れてってやるから許してくれ」
「許します」
私はにっこりと笑顔を浮かべた。
例の店とは、会員制のスイーツ専門店のことだ。
そこでしか食べることの出来ないスイーツが沢山あり、世間のスイーツマニアの間ではその店の会員である、ということは一種のステータスになっているくらいだった。
今からお腹の調子を整えておこう。
その時、私の隣に座っているミシェルが質問してきた。
「セレナ嬢。少し教えて欲しいところがあるのですが……」
どうやら、仕事について質問があるみたいだ。
ノクスの笑顔が少し固まった。
ピクリと眉を動かし、自然に私とミシェルの間に入ってくる。
「まあ待て。俺が、教えよう」
俺が、の部分を強調してノクスはそう言った。
ミシェルは申し訳無さそうな顔で遠慮する。
「ノクスの手を煩わせるわけには……」
「気にするな、俺は生徒会長だからな。それに男同士の方が教えやすいだろう」
「はは、確かにそうかもしれませんね。では、お願いします」
ノクスとミシェルは笑い合う。
表面上はノクスも普通に接しているし、ミシェルもにこやかな表情を浮かべている。
しかし、どこか生徒会室には少々不穏な空気が漂っていた。
***
「ここが図書館です。書見台や自習するスペースもありますから、気分を変えたい時におすすめです」
「ありがとうございます。セレナ嬢」
私はミシェルに学園の施設を案内していた。
この学園は王国の中でも一番大きな学校施設であるため、王都の中に建てられているとはいえ、それでも広大な敷地を持っていた。
ミシェルが住んでいる寮や、庭園、講堂、研究棟まである。
そんな広大な学園は、一日では紹介しきれなかったのだ。
扉を開けて、図書館の中に入っていく。
開けた空間が視界に広がる。
天井まである本棚にはぎっしりと本が詰め込まれ、それが見渡す限り広がっている。
その中で生徒たちはテーブルで本を広げたり、紙に何か書いたりしていた。
「おお……広い上にこんなに本が……! 僕も読んでいいんですか?」
目の前に広がる光景に、ミシェルは少し興奮しながら尋ねてくる。
瞳の輝かせ方がまるで子供みたいで、少し微笑みを浮かべそうになった。
もちろんそれは表情を引き締めて我慢して、貴族用の笑顔で頷く。
「はい、もちろんです」
「この学園は本当に広いですね。僕の国にもこれほど大きな教育機関があれば、と羨ましくなってしまうほどです」
「ありがとうございます」
ミシェルは「この国に学びに来た」という言葉の通り、本当によく学んでいる。
一つたりとも見逃すまい、とこの学園の施設を食い入るように眺めている。
その表情も言葉も、とても演技には見えない。
……本当にこの人はスパイなのだろうか。
その疑問だけが残った。




