4話
翌日、慌てた様子のサンダーソン侯爵家の当主と夫人、エリオットが私のハートフィールド侯爵家の屋敷へとやってきた。
エリオット有責で婚約破棄をする、という文面の書類に相当慌てたのだろう、三人はとても動揺していた。
サンダーソン侯爵は額に汗をかいている。
私はその日は学園を休んで、その話し合いに参加することになった。
両親は私に「話し合いには参加しなくていい」と言ってくれたが、当事者である私はケジメを付けたかった。
私と両親、そして机を挟んで対面にはエリオットとサンダーソン侯爵夫妻が座っている。
客人を迎えるための部屋の中にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
重苦しい雰囲気を裂くように話し始めたのは、お父様だった。
「それで、一体何の御用ですかな」
お父様の声には静かな怒りが込められていた。
小さな怒りなどではなく、煮えたぎった鍋の如き烈火の怒りが込められていた。
いつもはにこやかで優しげな笑顔を浮かべているお母様もハッキリとエリオットとサンダーソン夫妻を睨みつけている。
そんな二人に対して、エリオットとサンダーソン侯爵夫妻は萎縮しきっていた。
(今回は完全にサンダーソン侯爵家側に責任があるから、そうなるのも仕方がないかもしれないけれど)
エリオットが浮気行為をしたのは明らかで、証言も証人もたくさんいる。
加えてハートフィールド家は複数回に渡ってサンダーソン家に抗議をしていた。
それを聞き入れなかったのはエリオットとサンダーソン侯爵家だ。
婚約関係にヒビを入れたのも、婚約関係を壊したのもサンダーソン家側だ。
つまり、契約を破ったのはあちらで、被害者はこちら。
立場的には私たちハートフィールド家が圧倒的に上だ。
「その……話し合いを……」
サンダーソン侯爵が目を泳がせながら、そう言った。
「ハッ」
お父様がサンダーソン侯爵の言葉を鼻で笑った。
「今更話し合いだと? 我らハートフィールドの話を無視していたのはそちらだったはずだが」
「そうですね。抗議の書面は何度も送っていたのにそれを無視して、自分たちの話は聞いて欲しい、ですか? あまりにも都合が良すぎるんじゃありませんか?」
お母様が微笑を浮かべながらお父様の言葉を肯定する。
そして今度はエリオットの母親であるサンダーソン夫人に目を向けた。
「貴女にも何度も私から苦言を呈していましたよね? お茶会の席で何度も」
「それは……」
サンダーソン夫人は決まりが悪そうな顔で目を逸らす。
お母様も夫人には何度か注意をしていたらしいが、それがまともに聞き入れられることは無かったらしい。
サンダーソン侯爵は言い訳を続ける。
「わ、私たちにも事情があったのです……」
「事情だと? それが私達にした仕打ちの免罪符になるとでも思っているのか。我々をコケにするのも大概にして頂きたい」
お父様の言うとおり、例え事情があったとしても私達を蔑ろにする正当性が得られるわけではい。
見苦しい言い訳だった。
(そもそも、事情があったのかすら怪しい……)
私にはその場しのぎの言い逃れにしか見えなかった。
お父様は表面上は冷静に対処していたが、内心では怒りが荒れ狂っているのが私には分かった。
お父様とお母様の怒りが滅多なことでは鎮まらない、と悟ったサンダーソン侯爵は、予想外の行動に出た。
「本当に申し訳ございませんっ!」
サンダーソン侯爵が床に頭をつけて謝罪してきた。
「なっ!? あなた!」
「父上!? 何をしているんですか! 顔を上げてください!」
一家の主が土下座するという状況に、サンダーソン夫人とエリオットは驚愕し、頭を上げさせようとする。
しかし侯爵は頭を上げず、必死に私たちに謝罪を続けた。
「本当に申し訳ございません! しかし、どうか婚約破棄ではなく、婚約解消にしていただきたい!」
サンダーソン侯爵はそんなことを言ってきた。