39話
目をごしごしとこすってみた。
目を開けたら、まだそこにミシェルがいた。
……え、なんでこんなところにいるのこの人。
ニコニコと笑う異国の王子様は、私の訝しげな視線に全く動じていない。
(ちょっと待って……なんで王子様が私のとこに来たの……!?)
心のなかで頭を抱えた。
あの数いる令嬢の中から、なぜ私の隣を選んだのかが分からない。……私が可愛いからかな?
いろいろと理由を考えてみるが、他に理由は思いつかない。
となると私がかわいすぎる説が濃厚になってくるわけだが……いや、十分にありえるな。だって私可愛いし。
「僕はミシェル・シルヴァンディアと申します。さきほども述べさせていただきましたが、学園に入った以上、同じ学生として接してくださると嬉しいです」
一応、シルヴァンディア王国からレイヴンクロフト王国まで、そこそこ長旅をしてきたはずだが、ミシェルは疲れた素振りを全く見せない爽やかな笑みを浮かべて、手を差し出してくる。
あっ、なるほど、握手。
「あ、は、はい……」
私はおずおずと手を握り返す。
ふわりと柔らかく握り返された。
ミシェルは曇りのない笑顔を浮かべた。
一旦冷静になって考えてみる。
……まさか私、可愛すぎて異国の王子様に一目惚れされちゃった?
いつの間にか私は、美少女から傾国の美少女になってしまったのかもしれない。
いや、今はそんなふざけたことを考えている場合じゃない。いくら私と言っても絶世の美少女止まりだ。
どうしてミシェルが私の隣にやってきたのかを考えないと。もしかしたらスパイの件かもしれないし。
しかしいくら頭を捻っても、答えは出てこなかった。
……駄目だ、いくら頑張って考えてみても私が可愛い以外の理由が思いつかない。
いっそのこと、思い切って質問してみよう。
「これから同級生として、よろしくお願いします。それでですね、少しお願いが……」
「あの、ミシェル様」
「はい? なんでしょう」
私はおずおずと手を挙げた。
言葉を遮られたというのに、ミシェルは特に気を害した様子もなく首を傾げる。
「お言葉の途中で申し訳ありません。一つ質問してもいいでしょうか?」
「どうぞ」
笑顔でミシェルが頷く。
私は思い切って質問した。
「なぜ、私のお隣に?」
「それは……単純に横が空いていたからです」
あ、そうだ。私の隣、空いてたんだった。
なるほど、だから私のお隣に……と一瞬納得してしまったが、私はすぐに新たな疑問に気が付いた。
でも他にも空いている席はあったのに、どうしてわざわざ私の隣に……?
やっぱり疑問が残ったものの、根掘り葉掘り聞くわけにもいかないので自分で考えていた。
「留学生の身ですが、初めての異国と新しい環境に慣れるか少々不安でして。執事ともクラスが離れてしまいましたし」
「なるほど」
私はぼーっ、としながら返事を返す。
ミシェルがスパイだとしたら、私はこの中で一番情報を抜き出しやすそうだと思われた、ということだ。
そういえば、本で顔が良いほど性格もよく見える、と書いてあった気がする。
そういうことかな。きっとそうだ。いやそうに違いない。
「というわけで、学園生活をサポートしてくださると嬉しいのですが」
「え?」
目をパチパチと瞬かせる。
「羨ましいです……」
「でもセレナ様なら……」
と言った声が聞こえてくる。
なんだか教室の中の流れが、私が引き受ける流れになっている。
しかもちょっと断りづらい雰囲気だ。
隣に座っているリリスの方を見て見れば、リリスは首を横に振っていた。たぶんお手上げね、という意味だ。
どちらにせよ、こんな大勢の前で名指しでお願いされて、断るわけにもいかない。
さらにミシェルがお願いしてくる。
「お願いできないでしょうか」
「………………は、はい」
雰囲気に押され、私は承諾してしまった。
教室中からパチパチと拍手が聞こえてくる。
あ、これまずいかも……。
と内心で、私は汗をかいたのだった。




