38話
その日は、突然やって来た。
「本日より、この学園に留学することになりました、ミシェル・シルヴァンディアと申します。よろしくお願いします」
教室中の視線を集める中、教師が立つ演壇の横に立った王子は、丁寧にお辞儀をした。
シルクのように金色の髪に、水晶のような青い瞳。長いまつげに、すっと通った鼻筋。
口元にたたえた微笑みが、優しげな印象を与えてくる。
「かっこいい……」
「おとぎ話の中から出てきたみたい……」
ノクスに勝るとも劣らない端正な顔立ちに、教室中の令嬢はうっとりとした視線を送っている。
その中で、私は少し警戒しながら、ミシェルを見つめていた。
(まさか、こんなに早くやってくるとは……)
──ミシェル・シルヴァンディア第三王子が、学園へとやってきた。
先週の休日、リリスと一緒に出かけたときに、隣国の王子であるシルヴァンディア王国から王子が留学してくるかもしれない、ということは聞いていたが、まさかそこから数日もしないうちにやってくるとは思わなかった。
昨日、ノクスから話を聞くまでは。
私は昨日のことを思い出す。
***
「まずいことになった」
ノクスが生徒会室に私とリリスを集めて、そう告げた。
「いったいどうしたんですか?」
「明日、ミシェル・シルヴァンディア第三王子がやってくるらしい」
「……なんですって?」
これには「私とセレナの昼食時間を奪った意味は分かってるんでしょうね」と頬を膨らませていたリリスも、一瞬で真面目な顔になった。
「一応王家から受け入れる、という旨の手紙は出していたようだが……それにしても何もかもが早すぎる」
「その、ノクス様、早すぎるというのは?」
私が首を傾げると、ノクスが説明してくれる。
「ああ。王家は三日前に、シルヴァンディアの第三王子の留学を受け入れる、という手紙を出していたらしい」
「え? 三日前、ですか?」
私は驚きの声を上げる。
ノクスは頷いた。
「そうだ。この王都からシルヴァンディア王国までは、どれだけ早く馬を走らせても三日はかかる」
「つまりだ」とノクスは話をまとめる。
「シルヴァンディアの第三王子は、王家の手紙を受け取る前に出発している可能性が高い」
「そんな……もし受け入れて貰えなかったらどうするつもりで……」
「必ず受け入れるだろうと高を括っていたのか、それともそうせざえるを得ない状況だったのか……非常識なのに先触れだけは出すというちぐはぐさだ。正直に言って意味がわからん」
「明日じゃ、まともに準備もできないんじゃない?」
「ああ、今王宮は大変なことになってるよ」
他国の王族を受け入れるには色々と準備が必要になる。
初めてノクスが私の家にやってきたときのあの感じを何倍にもした感じなっているのだろう。
しかし私はそこでふと疑問を抱いた。
「あれ? そこまでやってするのは留学することだけ、なんですか?」
「そう、引っかかるのはそこだ。俺の言いたいことを拾ってくれるとは、さすがはセレナだ」
「いえ」
ノクスが柔らかい笑みを浮かべる。
私も釣られて笑みを浮かべた。
「……のろけは二人きりのときにしていただけます?」
リリスの言葉で私達は現実世界に引き戻される。
「……それで、リリスは知っていることだが一つ注意しておくことがある」
「注意しておくことですか?」
「シルヴァンディア王国だが、今現在関係が悪化していることは、知っているな」
「はい」
「それはなぜか、という理由については?」
「それは知りません。すみません……」
私はシュンとなった。
「いや、昔の話だからしかたがない。シュガーブルーム家とシルヴァンディア王家にはな、血縁関係がある」
「えっ?」
私は耳を疑うような話に目を見開く。
「シュガーブルーム元公爵家とシルヴァンディア王国は、領地が隣接していることもあり、昔から交流があったんだ。今はその領地は没収されているがな。そして昔の話だが、シュガーブルーム家にはシルヴァンディアの王女が嫁いだこともある。つまりシュガーブルーム家にはシルヴァンディアの王家の血が流れているんだ」
「そうだったんですね……」
確かに言われてみれば、やけにマリベルが尊大に振る舞っていた気がする。
いや、あれはお姫様と言うより暴君って感じだから関係ないか。
「そしてここからが問題なんだが、マリベルの件シュガーブルーム家を問答無用で断罪し、王家が嫁いだ家の爵位を落としたことで、シルヴァンディア王国が王家を蔑ろにされた、と憤慨したんだ」
「そんな……言いがかりでは?」
「国にとって、メンツというのは大事だ。だが、血が混じっていると言っても、シュガーブルーム家はレイヴンクロフト王国の貴族だ。うちの国の貴族が犯した罪を裁いたことに干渉するのは、それこそこちらの王家を蔑ろにしている。どちらにとっても譲れない問題だからこそ、国同士の関係は悪化してしまった」
私はそこで、ハッと気が付いた。
「となると、今回留学してきたのは……」
「ああ、色々ときな臭い」
「スパイかもしれないわね」
「ス、スパイ……」
私はその言葉を反復する。
まるで小説の中の出来事のようだ。
「まあ、俺が言いたいのはスパイに気をつけろということじゃない。シルヴァンディアの第三王子と接する機会があったときには、一応そのことを頭に入れておいて欲しい、というとだ」
「はい!」
私は勢いよく頷く。
***
演壇の横に立つミシェルを見ながら、私はそんなことを思い出していた。
とまあ、一応は警戒しているのだが、実際、そんなに話すこともないでしょう。うん。
パーティーとかお茶会で少し会話する程度のことはあるだろうけど、ミシェルもわざわざ婚約者がいる私に積極的に話しかけてこないだろうし。
教室をちらりと見渡してみれば、令嬢たちが自分の隣に来て欲しい、と自分の席の隣を開けている。
もちろん、私にはノクスがいるのでそんな努力をする必要はない。高みの見物だ。
さて、ミシェルはどこに座るのやら……。
そんなことをぼーっと考えていると。
「ハートフィールド嬢、これからよろしくお願いします」
「……え?」
いつの間にか、隣にミシェルが座っていた。




