37話
休日、街中のカフェで。
「レオン、今日は付き合ってくれてありがとう」
「別に構わないよ、私もちょうどセレナと一緒に外に出かけたいと思っていたところだし」
私の親友、リリスが黒髪を揺らして、ミルクを入れたコーヒーをスプーンでくるりと回した。
目の前に座るリリスは男装姿だった。レオン、というのはリリスの男装時の名前だ。
学園が休みの日、リリスと私は一緒に出かけていた。
今日のリリスはあの綺麗な銀髪をまとめ上げて黒髪のウイッグの中に押し込めており、服装も肩からジャケットを羽織っている。なんだか今日の服装はノクスに似ている気がするが、気のせいだろうか。
「それで相談ってなに? セレナが相談してくるなんて珍しいね」
「そうなの、最近、困ってることがあって」
「……へぇ」
リリスの顔がちょっと強張ったような気がした。私は最近の悩み事をリリスに告げた。
「ノクス様がカッコよすぎる……」
「……」
リリスがぱちぱちと瞬きをした。
「…………セレナ」
「最近、ノクス様が格好良すぎるの! あんな整った綺麗な顔で私の顔が真っ赤になるようなことをポンポン言ってくるんだよ!? 心臓がバクバクしすぎてこのままじゃ心臓の病気か何かになって死んじゃうっ!! ねえ、どうしたら良いと思う!?」
「はぁぁぁぁぁ……」
リリスが大きくため息を吐いて、力が抜けたようにぐったりと項垂れた。
「ど、どうしたのレオン」
「セレナ……」
リリスは呆れたような表情でため息をつく。
「な、なに……?」
「重大な悩み事ことかと思ったら、ただの惚気話で気が抜けた」
「えっ」
の、惚気話!? 私的には結構深刻な悩みだったんだけど……。
「そ、そんなつもりはなかったんだけど……」
「どう考えても惚気話です」
リリスはピシャリと断言する。
「そんなぁ……」
「惚気話は程々にしてほしいわ」
リリスに相談できないなら、この暴走しそうな感情をどうすれば良いのだろう。私は以前の婚約者と幼少期から婚約していたせいで、恋というものを最近まで経験したことがなかった。
だから、この今にも爆発しそうな気持ちを抑えられなくて、行き場を持て余しているのだ。
私の表情を見て、リリスがぽん、と頭に手を乗せた。
「……まあ、これからも程々に惚気話は聞くから。そんなに落ち込まないで」
リリスが話を切り替えた。
「それよりも話は変わるけど」
リリスはそう言って、前髪を指でいじる。
「この髪型と服装、どう?」
「どうって? 似合ってると思うけど……」
私はリリスの質問の意図がつかめず、首を傾げる。
「ノクス様に似てるかどうかを聞きたいの。今回はノクス様に寄せてみたから。ほら、私達って一応従兄妹じゃない。だからそこそこ似せれるんじゃないかと思って」
確かに、今日のリリスの男装姿はノクスに似てるな、と思った。でもどうしてそんなことを聞くんだろう。
「似てると思うけど……」
私がそう言った瞬間、リリスの目がキラリと光った。
「それなら……今の私とノクス様。どっちの方が格好いい?」
「それはもちろん……ノクス様だけど」
私は少し頬を染めて照れながら答える。
するとリリスは苦い顔で呟いた。
「……失敗か」
え、失敗? どういうことだろう。
「失敗って……?」
「ああ、うん。私がノクス様よりも格好良くなったら、ノクス様から私の親友を取り戻せるんじゃないかと思って」
「どういうこと!?」
「最近、セレナがノクス様に占有されてる気がするの。セレナは私の親友なのに。だからこうやってノクス様から奪い返せないかなって」
「リリスがノクス様に似る必要はないよ。だって、リリスにはリリスの良さがあるんだから」
「……ありがとう」
リリスはなんてことはないような表情でコーヒーを飲む。
しかし耳が少し赤くなっていた。私はくすりと微笑する。
リリスは私の視線に気がついたのか、誤魔化すようにごほん、と咳払いをした。
「それで、話は変わるけど、知ってる? あの噂」
「あの噂……?」
私は考える。でも、噂と言われても色々ありすぎてどれか分からない。
「最近、隣国の王子がこっちに留学してくるんじゃないかって噂があるの」
「えっ?」
「私の両親からの情報だけど、王家の方にはすでに話が行ってるみたい。受け入れるかどうかを今話し合ってる」
「へー……」
留学なんて、珍しい。しかも他国の王子が来るなんて。
「それで、ここからがきな臭いんだけど」
「きな臭い?」
「ええ、どうやらその留学を打診してきた国が……あのマリベルが潜伏しているかもしれない国なの」
「それは……」
マリベルが潜伏しているであろう国から、王子が留学にやってくる。確かにリリスの言う通りきな臭い話だ。そう言えばノクスもきな臭い話があると言っていたが、多分この話のことだろう。
「でも、受け入れざるを得ないでしょうね」
「え、なんで?」
「一応留学の理由は私達の国との交友を深めたい、だからね。それを断ったら国際関係が悪くなっちゃうし、マリベルの身柄を要求するときに、すんなりと返してもらえなくなるかもしれないから」
「あー……だから怪しくても、一応受け入れなきゃいけないんだね。付け入る隙を与えないために」
「そういうこと。まあ、でももし留学してきたとしてなにかできるとも思えないけどね。単なる留学生なんだし」
「だからノクス様もあんまり心配する必要はないって言ってたのか……」
まぁ、ノクスがそう言うなら、特に心配しなくてもいいだろう。
あ、そうだ。噂といえば思い出した。
私はニッコリと笑みを浮かべて質問する。
「レオン、そういえば思い出したことがあるんだけど」
「ん?」
リリスはコーヒーから顔を上げる。
「ジュリエットさんに私に関するへんなこと、吹き込んでない?」
「変なことって?」
リリスは涼しい顔で首を傾げる。流石は生まれながらの公爵令嬢。心当たりがあったとしてもそんなことは表情にも出さない。
「私がお昼に必ずデザートを頼むこととか、色々」
「別に、ちょっと報告しただけ。ジュリエットも知りたいって言ってたし」
「あ、そうだ! そう言えばいつの間にあんなに仲良くなったの!? 私全然知らなかったんだけど!」
いつの間にか私抜きで親交を深めていたことに私は抗議する。私も一緒に仲良くなりたかったんですけど!
「あなたが一緒にいると、ジュリエットとあなたの話で盛り上がれないし」
「私のいないところで私の話で盛り上がらないで!?」
「仕方がないじゃない。だって、あなたの話、思ったよりも面白くてお互いに尽きないんだから」
お、面白いって……。私はそんな話の種が尽きないようなおもしろ人間になったおぼえはないのに……。
私が涙目になっていると、リリスは可笑しそうにクスリと笑って、私の頭をなでた。
「ごめんごめん、今度からはあなたも一緒に誘うようにするから、ね?」
「絶対だから」
「わかったわかった。お詫びにこのあとはどこでも付き合うから」
「……言ったからね」
私はそのあとリリスを色んなところに連れ回した。




