35話
【書籍化&コミカライズ化】します!!
Mノベルスf様より、タイトル『貴方に未練はありません!〜浮気者の婚約者を捨てたら、王子様の溺愛が待っていました〜』で書籍化します!
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私、セレナ・ハートフィールドとノクス・レイヴンクロフトの婚約が発表されてから半年が経過した。
季節が巡って春になり、私達は二年生になった。
私は今、幸せな学園生活を送っている。
この学園生活が始まって以来の悩みの種であった、マリベル・シュガーブルームがいなくなったことにより、入学して以降一番平和でストレスフリーな学園生活を送っていると言っても過言ではないだろう。
最初の頃は、第二王子であり、学園でも女性から圧倒的な人気を誇るノクスと婚約したことで、嫌がらせを受けたりするのではないか、という心配もあった。
でも、公爵家となった私に面と向かってそんなことをする人間はいなかった。
それはそうだ。だって公爵家ってこの国の最高位の貴族だし。
それに、最近私に嫌がらせをずーっと続けてきた令嬢がどうなったかを見せたばかりだし。
私にずっと嫌がらせを仕掛けてきていた令嬢こと、マリベル・シュガーブルームが老人の貴族に嫁ぐ直前、失踪した。
未だに捜索は続けられているが、恐らく隣国に逃げた、ということでそこから捜査ができず、行方知れずとなっている。
隣国にはマリベル・シュガーブルームはいないか、という質問状を送っているのだが、返ってきたのは「いない」の一言。
まだ何か仕掛けてきそうで気味が悪い。
……とまあ、私に嫌がらせをするような人間はいなくなった。それによって、新たな問題も発生しているのだけど……。
***
私はその日、一人で昼食を摂る事になった。
……友人がいないわけではない。決して。いや本当に。
今日は偶々、いつも一緒に昼食を食べているメンバーである、ノクスとリリスに生徒会の用事が入っていたのだ。
別に一人食堂で昼食を食べておかしなことはあるまい。……目立つかもしれないけど。
こんなことならもっと交友関係を増やしておけばよかった……。いや、友人がいないわけじゃないんですけど。
……あ、そうだ。ノクスもリリスもいないということは、もしかして今日は食堂のデザートを食べ放題なんじゃないだろうか。いつもならノクスの目があるし、スイーツばかり食べていたらリリスに叱られるけど、今日はその心配はない。ふふ、ババロア、タルト・タタン、季節のフルーツタルト、前から目をつけていたスイーツはたくさんある……。
食べ過ぎたら太るので要注意だが、最近は甘いものもあまり食べてないし。うん、大丈夫。
よくよく考えてみたら、一人で昼食を食べるのも悪くないような気がしてきた。
「へへ……」
気がつけば、そんな気の抜けた笑みが漏れていた。でも仕方がない。女の子はだれだってスイーツパーティーが始まると分かればこうなるのだ。顔がにやけてヘニャヘニャになってしまうのも無理のないことなのだ。
そしてふらりと吸い寄せられるように、スイーツを片っ端からカウンターで注文しようとしたところで。
「あの、セレナ様?」
「ふぇっ」
やば、変な声が出ちゃった。
小さな鈴を転がすような透き通った声に後ろを振り返ると、そこにはオドオドとした小動物のような女子生徒がいた。
「ジュリエットさん」
彼女の名前はジュリエット・ウィンザー。以前婚約者の男子生徒に恫喝されていたところを助けてから、交友関係がある女子生徒だ。こう見えて芯はしっかりしていて、以前私は助けてもらったことがある。
「えっと、今の声は……」
「う、ううん。なんでもないわよ。どうしたの?」
さっきの変な声を聞かれていたようだ。私は慌てて誤魔化す。冷や汗がじんわりとにじみ出てきて更に焦る。
どうやら運良く誤魔化されてくれたみたいで、ジュリエットは可愛らしい笑みを浮かべて私に尋ねてきた。
「あ、えっと、セレナ様。今日はお一人でお食事を?」
「え、ええ……。今日はたまたま皆用事でね。あ、決して友人がいないわけではないのよ? ほんとに」
「え? あ、はい。そうですね」
必死に友人がいないことを否定したけど、キョトンとした顔をされてしまった。ごめんなさい、変なことを言って……。
「それでセレナ様。もしお一人なら……ご一緒しませんか? 私も今日はたまたま友人が用事でいなくて一人で昼食を食べるつもりでしたが、それも少し寂しいので。もしセレナ様が嫌でなければ、いかがでしょう?」
ジュリエットはその可愛らしい大きな瞳で、上目遣いに尋ねてくる。
「え゙」
「あ、あの……どうかしましたか?」
「う、ううん……」
私は目を泳がせる。するとジュリエットは何かを察したのか瞳に涙を溜める。
「も、もしかして私とは嫌でしたでしょうか……」
「い、いやそういうわけではなくて!! 嫌なわけないじゃない!」
私は慌ててジュリエットの言葉を否定する。別にジュリエットと昼食を食べるのは嫌じゃない。これは本心だ。逆に誘ってくれて嬉しいくらいでもある。でもジュリエットと昼食を一緒に食べるとなると、それはつまり……当初計画していたスイーツパーティーが中止になることを意味している。スイーツを食べているところを見せて引かれたくない。
けど、泣きかけのこんなかわいい子の頼みを断るのはちょっと気が引けるし……。
その宝石みたいな目で見つめられて……私の心は折れたのだった。
「昼食、ご一緒させてもらおうかしら」
「本当ですかっ!?」
ジュリエットがパッと笑顔を浮かべる。
いつもはオドオドしているのに、笑顔を浮かべたらまるで別人みたいだ。
「えへへ、行きましょうセレナ様」
「ええ」
私はジュリエットにニッコリと笑みを浮かべてカウンターの方へと歩いていく。注文するのはもちろんいつものお昼のセット。
ああ、私のスイーツパーティー……。
そうして私はスイーツ食べ放題パーティーの開催を泣く泣く断念したのだった。
泣く泣く断念したとはいえ、転んだところで私がただで起きるわけがない。
今日の昼食はパンケーキに、デザートに生クリームがたっぷり使われたケーキにした。
「並ばず受け取れてよかったですね」
「ええ、そうね」
私とジュリエットはいつものテラス席に座る。
ふふ、作戦は成功だ。パンケーキならギリギリ昼食に見えなくもない。男子界隈では知らないが、女子界隈ではパンケーキはギリギリ昼食に入るのだ。メインをパンケーキに置き換えることで、自然に甘いものを摂取できる。
そしてそれに加えて、デザートとしてケーキも揃えることで、私のプチスイーツパーティーは完成したのだ。
完璧な計画。誰にもバレるはずがない。
「今日はその……甘いものが食べたい気分なんですか?」
「ええ、そうなの」
一瞬でバレた。作戦は失敗だ。
まあ、考えたら当然なんだけど、流石に無理だったか……。仕方がないからこのまま勢いで押し切ってしまおう。
「今日は特別甘いものが食べたい気分なの。別にいつもこういう昼食を食べてるというわけではなくてね? 今日はたまたま、そうたまたまなの」
「あの、別に何も思ってませんから……」
早口で話していたせいで言い訳みたいに聞こえてしまった。
「セレナ様が毎食デザートを頼むことはリリス様から伺っていますので……」
「へ?」
また変な声が出た。どうしてジュリエットがリリスから話を聞いているんだろう?
「え、えっと……ジュリエットさんはリリスとは知り合いなの?」
「あ、はい。何度かお話もさせていただいて、お茶会にも招かれたことがあります」
初耳なんだけど。私の記憶の中ではジュリエットとリリスが話しているところを一度も見たことがないのに、どこで知り合ったというのだろうか。
「二人はどこで出会ったの?」
「セレナ様と知り合ってしばらくしてから、リリス様の方からお声がけいただいて……」
驚いた。リリスは積極的に自分からは他の令嬢には話しかけにいかないタイプだったのに。
「その時にご友人であるセレナ様を助けた件でお礼を言っていただいて、そこから交友関係を続けさせて頂いています」
「あ、なるほど……」
私は納得した。恐らく、リリスはジュリエットを守るためにそうしたのだ。
マリベルに私が囲まれたとき、ジュリエットの機転によって私は助かったが、逆にジュリエットはマリベルに顔を覚えられ、報復を受けるおそれがあった。そのため、同じ公爵家のリリスがジュリエットと交友関係を持つことによってマリベルを牽制し、報復を受けないようにしてくれていたのだろう。
あのときのマリベルは私に関わるものは全て害しかねない言動をしていた。ジュリエットを助けるのはリリスにしか出来ない行為だ。
そこから交友関係が続いているということは、共通の友人としては嬉しいものがある。
……でも、私が昼食後に毎回デザートを食べるってことを共有する必要はあるのかなぁ?
「何にせよ、二人が仲良くなってくれたなら私も嬉しいわ」
「それは良かったです。実は今日もリリス様に、セレナ様が一人で昼食を食べるのでスイーツの暴飲暴食を止めてほしい、と頼まれまして……」
「えっ、じゃあリリスに無理やり私と一緒に昼食を取るように言われたの?」
「いえ、無理やりではありませんよ。私もセレナ様と昼食をご一緒したかったからお引き受けしたんです」
ジュリエットは柔らかく微笑む。
「ジュリエットさん……」
私はその微笑みに心を打たれ……かけた。いや待って、今聞き捨てならないセリフが聞こえたな。一人の私がスイーツパーティーを開くことが当然のように予知されている。しかも友人と一緒ではなく一人で食べるであろうということまで断言されている。リリスさん、親友に酷くないかしら……?
「リリスにはあとでしっかり話を聞かないと……」
「あっ、あのっ、リリス様はセレナ様のことをとても大切になさっていますので……!」
「もちろん分かっているわ。ちょっとした冗談よ」
「それなら良かったです」
私とジュリエットは微笑み合う。
その時、私が公爵家になったことで浮上した新たな問題が、私たちの元へとやってきた。




