33話
パーティーの会場に戻る前に私はノクスにあることを頼んだ。
「ノクス様」
私はノクスに耳打ちをする。
ノクスは私の言葉を聞いて心配そうに眉を寄せた。
「それは……」
「私は大丈夫です。ですので……」
「……分かった。セレナがそう言うなら……」
ノクスは頷くと、私から離れていった。
会場に戻ると、たくさんの視線が私に突き刺さった。
好奇。心配。無感情。嘲笑。
色んな感情を視線が私に突き刺さる。
その中でマリベルたちが私に対してずっと嘲笑していた。
クスクス、と笑う声が聞こえてくる。
「ちょっと見て、あのドレス」
「婚約者を選ぶパーティーなのに、あんなに地味なドレスって……」
「これでもう婚約者候補から外れたのも同然ね……」
そんな声が聞こえてくる。
ドレスを着替えて地味になってしまった私を嘲笑うように、貶している。
もう私のことを婚約者候補として見ていないようだった。
「あんなの、可哀想な令嬢に付き添ってあげたっていう優しさでしょう? ノクス様だってすぐに離れるに決まってるわよ」
マリベルの取り巻きの一人の令嬢がそう言った。
そして、それはマリベルも、他の令嬢も同意しているようだった。
ノクスが私についてくれているのは、飲み物を被ってドレスを着替えることになってしまった可哀想な令嬢に、優しさアピールでついてあげているだけで、義理さえ果たせばすぐに離れるだろう、と考えていた。
そして、それは本当になった。
ノクスは私と行動するのはほどほどに、しばらくすると私から離れていった。
それを見て、マリベルはまるで肉食獣のように食いついてきた。
ニヤニヤと笑みを浮かべたマリベルが私の元へとやってきた。
ついにノクスが私の元から離れたため、私がノクスから見捨てられた、とでも思ったのだろう。
「セレナ様、大丈夫ですか?」
まるで心配しているかのような口調でマリベルは私の元へとやってきた。
マリベルは誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡して、私に質問してきた。
「ノクス様はどこへ?」
「ノクス様は……その……」
私は言葉を濁して俯く。
するとマリベルはそんな私を見て、私がノクスに見捨てられたのだと確信したのか口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「せっかく綺麗なドレスだったのに……残念です」
マリベルは白々しく私にそう言った。
「ああ、でもそのドレスも素敵ですよ」
そしてマリベルは嘲笑を浮かべて、さっきの私の言葉をそのまま返してきた。
私は俯いてきゅっと拳を握った。
マリベルはそんな私を見て、愉快な笑顔を浮かべて笑っているのだった。
会場には静寂が満ちていた。
ノクスの婚約者を選ぶ時間になったからだ。
「それでは、婚約者を選ぼう」
国王の言葉でノクスが婚約者を選ぶことになった。
ノクスは立ち上がる。
会場の中の貴族がごくりと唾を飲み込んだ。
マリベルはまるで自分が選ばれるのを確信しているかのような笑顔を浮かべていた。
私のドレスを台無しにして着替えさせた今、この会場の中で一番美しいのは自分だという自負から来る笑みだろう。
「俺が婚約者として選ぶのは……」
ノクスが階段を一歩ずつ降りてくる。
その視線はマリベルへと向けられていた。
マリベルは感激したように目を細めると、スッと自分の手をノクスへと差し出した。
ノクスはマリベルを見て微笑んで…………マリベルの真横を通り過ぎた。
「……え?」
マリベルは素っ頓狂な声を上げる。
ノクスはそんなマリベルには目もくれず、令嬢の中を進むと、マリベルの後方に立っていた私の元までやってきた。
「セレナ」
ノクスはまるで雪解けのような微笑みを浮かべて、私に手を差し出してきた。
「ノクス様」
私も笑顔を浮かべて、その手を握った。
手を握り返すとノクスからぎゅっと力を込められる。
もう二度と離さないとでも言いたげな様子で。
「俺が婚約者として選ぶのはセレナ・ハートフィールドだ」
そしてノクスは高らかに選ぶ婚約者の名前を宣言した。
場に一瞬静寂が訪れた。
周りの貴族たちがちらほらと拍手をし始める。
その拍手をしているのは、マリベルに散々苦しめられた貴族たちだった。
それは次第に大きくなり、会場を包むような大きな拍手へと変わっていった。
会場の中に私とノクスの婚約を祝うような雰囲気が満ちていく。
しかし、その雰囲気を破る人間がいた。
「ちょ、ちょっと! 何よこれ!」
マリベルだ。
マリベルはいつもの媚びたような笑顔は浮かべておらず、はっきりとノクスと私を睨みつけていた。
「なんでその女が婚約者に選ばれるのよ! 婚約者になるなら私の方が相応しいでしょ! ずっと私の方がノクス様と仲を深めて、婚約を申し込み続けてきたのよ!」
狂ったように私とノクスに怒鳴りつける。
「随分と化けの皮が剥がれてきたな」
隣にいるノクスが笑みを漏らした。
「大体、その女は全く綺麗じゃないじゃない! 私の方が可愛いのに、なんでぽっと出のそいつの方が婚約者に選ばれるのよ!」
「お前、何か勘違いしているようだが。元々お前は婚約者候補ではないぞ」
「…………は?」
「婚約者がいない令嬢だから一応招待しただけで、お前を婚約者にするつもりは全くなかったと言っているんだ」
マリベルはノクスの言葉を理解するのにたっぷり十秒は使った。
そしてノクスの言葉を自分の頭で咀嚼すると、絞り出すように声を出した。
「…………う、うそよ」
ノクスはマリベルに追い打ちをかける。
「そもそもの話、学園で何人もの令息をアクセサリーのように侍らせているお前が、俺の婚約者に相応しいわけがないだろう。ずっと前から婚約者候補としては外れていたぞ」
「…………そんな」
マリベルは床に膝を突く。
マリベルとしては、ただノクスに選ばれないストレスを解消しているつもりだったのだろう。
外聞は悪いかもしれないが、最後は婚約者として一番相応しい自分を選ぶしかないと考えていた。
それが盛大な墓穴を掘っているとも知らずに。
「なんなのよ……」
マリベルが震えた声で私を見てくる。
「残念でしたね。マリベル様」
それに対して私は笑顔でそう返すのだった。
この日、私は正式にノクスの婚約者となったのだった。




