30話
そしてパーティーの日になった。
今日はノクスは私を迎えには来ない。
しかし代わりに父が私をエスコートすることになっている。
他の婚約者候補の令嬢も同じなので、浮くことはないだろう。
隣の父と一緒に私は王宮の廊下を歩いていく。
私は件の服飾屋の職人、アルマイン伯爵夫人に仕立ててもらったドレスを身に纏っていた。
白を基調としたドレスは、華美すぎず、それでいて地味ではない、清廉とした美しさを持っている。
アルマイン伯爵夫人が一番私に似合うと思ったデザインで作られているようだが、確かに自分の目から見てもとても似合っていると言ってもいい。
「セレナ。大丈夫か」
「はい、私は大丈夫です」
父の問いかけに返事をする。
扉が開かれた。
そして、私は会場の中に入った。
扉を開けて中に入ると、私の名前が大きな声で叫ばれ、視線が私に集中する。
その視線の量に後退りそうになった。
横にいる父が私に心配そうな目を向けている。
しかし、国王や王族が座っている席の中にいるノクスが私に向かって優しく微笑みかけた。
私は覚悟を決め、一歩を踏み出した。
歩いて行く中で、誰もが無言だった。
ノクスの目の前までやって来ると、私はノクスへと挨拶をする。
「セレナ・ハートフィールドです」
「ああ」
ノクスの返事はそっけないものだったが、これはマリベルたちにより衝撃を与えるための作戦で、打ち合わせていたものだった。
ノクスは今日やってきた令嬢には等しくそっけない返事をする。それによって、前回のパーティーのように誰も選ぶつもりがないのではないか、と混乱させるのだ。
どうやら私が最後だったようで、国王がおもむろに立ち上がると、挨拶を始めた。
「諸君、今日は我が息子のノクスの婚約者を選ぶ日だ。この催しの最後に、ここにいる令嬢の中から一人の婚約者を選ぶ。それまでの間、しばし歓談を楽しんで欲しい」
国王の言葉でしばらくの間、歓談する時間となった。
ノクスは今回の婚約者候補の令嬢に一人一人挨拶に回っているらしく、すぐに私の元へと来る気配はなかった。
形式は至って普通のパーティーだった。
しかし令嬢たちの動きはどこかぎこちない。
もしかすれば自分がノクスの婚約者に選ばれるかもしれないため、緊張しているのだろう。
私は無難に時間が来るまで適当に暇を潰そうと思っていたのだが、そうはならなかった。
色んな貴族が私と父へ挨拶に来たからだ。
恐らくマリベルと一緒に、一番ノクスの婚約者として候補に挙がっている私の元へと、敵情視察に来たのだろう。
それに加えて国中の貴族がパーティーにはやって来ており、その中にはエリオットもいた。
もちろん、あちらから話しかけてくることはなかったが。
休む暇もなく次から次へと人がやってくる。
当然、ずっと喋りっぱなしなので、喉が渇いてきた。
「少し喉が渇いてきたかも……」
「なに? セレナ、喉が渇いたのか。水を取ってきなさい、私が挨拶をしておくから」
父が貴族の堅苦しい挨拶を請け負ってくれたので、私はありがたく水を取りに行った。
そしてウェイターが持っている水のグラスをもらおうとしたところで。
「あっ……」
「……ご機嫌よう、マリベル様」
偶然にも、マリベルとばったり出会ってしまったからだ。
このタイミングで出会ったのが本当に偶然かは分からないが。
私に近づかないように言われているマリベルが、偶然を装って私に接触してきたのかもしれない。
しかし出会ってしまった以上、無難に挨拶程度の会話はしなければならない。
「今日はお互い、婚約者候補としての参加ですね」
「ええ、お互いに頑張りましょう」
私は笑顔を浮かべてマリベルの言葉に返事する。
マリベルは表面上は笑顔を浮かべてお世辞を言ってくる。
「セレナ様は素敵なドレスですね。とってもよくお似合いだと思います」
「ええ、アルマイン伯爵夫人に作っていただいたんです。私もこんなに綺麗なドレスを作っていただいて、感謝の念が絶えません」
「っ……!」
『なんだと……!?』
『アルマイン伯爵夫人が……!?』
私がそう言った瞬間、辺りの貴族が騒がしくなった。
マリベルは笑顔を保っているが、目がぴくぴくと動いている。
「そ、そうなんですね……」
『そう言えば、マリベル様もアルマイン伯爵夫人にドレスを作ってもらうつもりだったと言ってたわよね……』
『ということは……』
周囲の貴族がヒソヒソと声を潜めるように、他の貴族と話している声が聞こえる。
どうやら、マリベルもアルマイン夫人へドレスの制作を依頼したようだが、断られていたらしい。
「マリベル様はアルマイン伯爵夫人にドレスを作ってもらえなかったのですか?」
「え、ええ……。私が頼みに行った時にはすでに先約があると言われましたの……」
基本的に、アルマイン伯爵夫人はそのパーティーに出る中で気に入った人間一人の服しかデザインしない。
その方がドレスにも付加価値が出て、芸術品としての格が上がるからだ。
そして、あの人の審美眼は本物だと言われている。
そのため世間での評価として、私とマリベルどちらが美しいかという問いに、答えが決まったようなものだ。
「でも、私はマリベル様のドレスもとても素敵だと思いますよ」
私もマリベルのお世辞に対してお世辞を返したが、このタイミングでは皮肉にしか聞こえなかっただろう。
「っ!!」
公衆の面前で恥をかかされたマリベルは顔を真っ赤にして、私の前から去っていった。
嵐の元が去ったことで、私は一息つく。
「セレナ、今少し時間をもらってもいいかな」
今度はエリオットが話しかけてきた。




