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3話

「……え?」


 婚約破棄、という言葉にエリオットは呆けた顔になる。


「そこまで仰るなら、婚約破棄しましょう。だって、私はマリベル様に比べて、魅力が全くないのでしょう? そんな私と婚約しているエリオット様が可哀想なので、今すぐにでも婚約破棄した方が良いですね」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」


 エリオットも婚約破棄されるのは不味いと思ったのだろう。

 婚約破棄をするつもりの私に、エリオットは慌てたように自分の言葉を訂正しようとするが、もう遅い。


「私は今まで、できるだけエリオット様との婚約を維持できるように努力してきました。だけど、エリオット様には私との婚約なんて邪魔でしかなかったようですね」


 エリオットに完全に愛想を尽かした私はニッコリと笑ってそう告げる。

 しかしエリオットは何とか婚約破棄を止めようとしてくる。


「セ、セレナ! 待ってくれ! 今のは本当に違うんだ!」

「待ちません。私は今まで散々エリオット様に忠告してきました。それを無視して、それどころか貶したエリオット様を待つ義理はもうありません!」


 私の気迫にエリオットは押されていた。

 私は少し深呼吸をして気持ちを落ち着けると、またニコリと笑う。


「私と婚約破棄が完了すれば、どうぞ、マリベル様に婚約を申し込みなさってください。私はエリオット様のことを応援しておりますから」


 そう言って私は踵を返すと、その場から立ち去ろうとした。


「ま、待ってくれセレナ!」

「触らないで!」

「っ……!」


 エリオットが私の腕を掴んでくる。

 私はその手を弾いた。

 エリオットは私を見て怯んでいた。


 エリオットが怯んだのは、私の目から雫が溢れていたからだ。

 滅多に涙を流さない私が泣いているところを見て、エリオットは動揺していた。

 私はエリオットに泣いているところを見せるつもりはなく、それどころか泣いてるところなんて絶対に見せたくなかった。

 泣き顔を見られた屈辱や、恥ずかしさや怒りの感情が私の中で渦巻いていたが、エリオットを睨みつけた。

 私はエリオットに見えないように顔を隠し、急いでその場を後にした。





 私はハートフィールド家の屋敷に帰ってくると、まず両親に今日あったことを伝えた。

 そして、エリオットに婚約破棄を突きつけた、ということも伝えた。

 私が話し終わるまでずっと静かに聞いてくれた両親は、私の話が終わると、静かに抱きしめてくれた。


「そうか、今までよく頑張ったな、セレナ」

「ええ、貴女は今までよく頑張ったわ」


 二人の優しい声を聞いて私の目からは涙が溢れ出てきた。


「お父様、お母様、ごめんなさい……っ!」

「貴女が謝ることじゃないわ」

「ああ、セレナがずっと心を砕いていたのは知っている。悪いのは全部エリオットだ」


 両親はエリオットの最近の言動を知っていた。

 もちろん、他の女性を優先するなんて、ハートフィールド家を侮っているのも同然なので、エリオットの家のサンダーソン侯爵家には厳しい抗議の書面を何回か送っていた。

 それでもエリオットは今回も同じことをしたのだ。

 両親は何度か私にエリオットとの婚約破棄をしたらどうかと勧めていたが、まだやり直せると考えていた私はその話を断った。

 その結果がこれだ。

 私は両親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 しかし両親はそんな私を責めるどころか、優しく包んで慰めてくれた。


「明日にでもサンダーソン家に婚約破棄の旨を記した書面を送る。幸い、エリオットの最近の言動の証拠も証言も沢山ある。あちらの有責で婚約破棄はできるだろう」

「そうよ。私たちハートフィールド家は全く痛くも痒くもないわ」

「大丈夫だセレナ。もとよりサンダーソン侯爵家とは関係の強化のために婚約しただけだ。婚約を続ける理由は特にない。だから婚約破棄しても全く問題はないんだ」


 元より、手頃な婚約者を探していたハートフィールド家と、同じく婚約者を探していたサンダーソン侯爵家が、同い年の男女がいるのを見つけて婚約しただけだ。


「セレナ、取り敢えず後は私達に任せなさい。後日両家の話し合いがあるだろうが、セレナは顔を出さなくても良い」

「ありがとうございます……」


 私はお父様にお礼を述べた。

 正式に婚約破棄を決める話し合いに顔を出さなくても良いのは、正直ありがたかった。


「セレナ、もう寝た方がいいわ。貴女も疲れているでしょう」


 お母様が心配そうに私にそう勧めてきた。

 きっと私は酷い顔をしていたのだろう。

 確かにお母様の言うとおり、今日は色々とあったせいで精神的にかなり疲れていた。


「はい、そうします……」


 私はお母様の言葉に素直に従って自室へと帰った。

 簡単に湯浴みをして、寝巻きに着替えると私はベッドに入った。

 ベッドの天蓋を見ると、今までのことが頭の中にフラッシュバックした。


 八歳でエリオットと婚約したこと。

 それからはずっと婚約者としてうまくやっていたこと。

 エリオットが私の十歳の誕生日に贈ってくれた、大きな宝石をあしらったペンダントは今でも置いてある。


『うーん、私にはまだ似合わないわね』

『もっと大きくなったら、きっとセレナにも似合うよ』

『本当? じゃあ、私が大人になったら、エリオット様のためにこのペンダントをつけるわね』


 十歳の頃につけても似合わないから、もっと大人になったらつけよう、とエリオットと約束をした。


「うっ……」


 悲しくなって、涙が溢れてきた。

 確かにエリオットにはとても酷いことを言われた。

 今でも婚約破棄を突きつけたことに後悔はない。

 でも、思い出の中のエリオットは、いつも私のことを第一に考えてくれる、素敵な婚約者だった。


 何かもう少しいい方法があったのではないか、とそんな考えが頭をぐるぐると回る。

 でも、そんなことを考えても無駄なのだ。

 エリオットとの関係はもう修復が不可能なほど破綻してしまったのだ。


(昔は、本当に仲が良かったのに……)


 私たちはずっと仲のいい婚約者だった。

 私の思い込みではなく、客観的に見て、私たちはとても良好な関係を築いていた。

 流石に恋人同士のような、甘い関係ではなかったけれど、まるで家族のような、兄妹のような、そんな近い関係だった。

 それがおかしくなったのは、私とエリオットが学園に入学してからだった。

 エリオットはマリベルに一目惚れをした。

 側にいる私から見てハッキリと、可愛らしい容姿と仕草のマリベルに惚れた。

 それからエリオットはマリベルの周りに付きまとうようになった。

 侯爵家であり、それなりに顔が整っているエリオットはマリベルの覚えもよく、彼女の隣にいるひとりになった。


 当然、私はエリオットに何度も忠告した。

 しかしエリオットのマリベルに対する熱は止まらず、それどころか忠告する私を邪険に扱うようになった。

 関係が壊れ始めたのはそこからだ。

 半年間、私はエリオットとの関係を繋ぎ止めようと努力をした。

 だが、それは叶わなかった。


「どうしてこんなことになったんだろう……」


 一人ポツリと呟いたその言葉は静かな部屋に寂しく響いた。

 私は目を瞑って、眠りに落ちた。


 慌てた様子のサンダーソン侯爵夫妻とエリオットがやって来たのは、翌日のことだった。

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