25話
そして、それからマリベルは人が変わったかのように大人しくなった。
以前のようにノクスにつきまとうことなく、私にも接触してこない。
その代わり、侍らせている男性が日に日に多くなってきている。
意外だったのは、婚約破棄された男性のほとんどがマリベルから離れて行かなかったことだ。
マリベルに対してよほど心酔しているのか、それとも他の理由があるのかは分からないが、マリベルの取り巻きはほとんど顔ぶれが変わっていなかった。
ただ、動きが見られないというのもそれはそれで気持ちが悪い。何を考えているのか分からないからだ。
そうして、私とノクスはマリベルに対して気味悪さを感じつつも、日々を過ごしていた。
私とノクスは学園のカフェテラスでお茶をしていた。
私は苺のショートケーキを一口食べる。
その様子を見ていたノクスが何気なく私に質問してきた。
「そう言えば、最近はずっとスイーツを食べているが、好きなのか?」
「んぐっ!? ……何ですか。ダメですか」
「いや、よくそんなに食べて……」
ノクスは何かを言いかけて口を閉じる。
察しのいい私はノクスが何を言いかけたのかを理解した。
「……ノクス様」
私はニッコリと笑顔を浮かべて名前を呼ぶ。
「なんだ」
ノクスは冷え冷えとした笑顔を受けてもすまし顔でコーヒーを飲んでいる。
「今、何を仰ろうとしましたか?」
「別に、なんでもない」
「まさか『太る』なんて言おうとはしてませんよね?」
「……ああ、もちろんだ。俺がそんなことを言うわけがない」
ノクスが目を逸らした。
「良いですか、ノクス様」
椅子を立ち上がって笑顔のままノクスに顔を近づける。
ノクスは目を逸らしたままだ。
「絶対に女性に対して『太る』なんて言葉を使ってはいけません。良いですね」
「あ、ああ。分かった。分かったから」
「良いでしょう」
私はノクスから顔を離す。
とりあえず、不問にしてあげることにした。
「私がこんなに甘いものが好きなのはしょうがないんです。確かに甘いものも好きなんですけど、私が甘いものをたくさん食べたくなるのは仕方がない事情によるものでして……」
私は必死に言い訳を始める。
しかし何だかノクスの私を見る視線が生温かい。
むむ、まずい。このままでは不名誉を被ったままだ。
ちゃんと私のことを聞いてなかったのかもしれない。
「甘味はストレスを解消するのにとっても良いんです。ノクス様も一度体験してみると良いです」
そしてこれ以上は何だか不名誉な称号を付けられているような気がするので、私はとりあえず話を変えることにした。
「それにしても、マリベル様はずっと大人しいですね」
「そうだな。俺も意外だ。あいつの性格から考えて、我慢できずに俺かセレナに近づくと思っていたんだが」
「両親から何か言われたのでしょうか」
すでに私の家からも、今回婚約破棄することになった家からも慰謝料の請求がされているはずだ。
その対応に追われているシュガーブルーム家からすれば、さらに加えて面倒ごとを起こしてほしくはないだろう。
「おそらくそうだろう。もう面倒ごとを起こさないように注意されたのか、それとも何かを仕組んでいるのか……どちらにせよ、俺が一緒にいれば大丈夫だ」
そこまで言って、ノクスが何かを思い出したように顔を上げる。
「ああ、そうだ」
「何でしょうか」
「休日、予定は空いてるか?」
「休日ですか? どこかへ出かける予定でもあるんですか?」
「ああ、少しな」
そう言ってノクスは二枚のチケットを取り出した。
「最近話題の劇団のチケットが手に入ったんだが、今週末一緒に行かないか?」
「今週末ですか……」
私は少し言葉に詰まった。
「申し訳ありません。お誘いは嬉しいのですが、その日はもうすでに用事が入っておりまして」
私はノクスの誘いを断る。
その日はすでに友人のリリスと一緒に出かける日になっていて、予定は空いていなかった。
「そうか……それは仕方がないな。この話は忘れてくれ」
少し申し訳ない気持ちになりながらも、私はノクスとのお出かけのお誘いを断った。




