23話
「ノ、ノクス様!?」
私は教室にノクスがやって来たことに驚いていた。
それは教室にいた生徒も同じだ。
いつもは休み時間になるや否や一人になるためにどこかへ行ってしまうノクスが教室にやって来たどころか、女子生徒を迎えに来たというのだから、その驚きも当然だろう。
私だって外野だったら何が起こっていたのか知りたいと思うはずだ。
問題は、注目の的が私だということだ。
私はノクスの元へと小走りで向かう。
「ノクス様、これは一体どういう……」
「なに、一緒に昼食でもどうかと思ってな」
「昼食を一緒に!?」
私は思わず叫んでしまった。
そのせいで周囲の生徒がまた騒がしくなる。
しまった。騒ぎの種を自分で与えてしまった。
「ノクス様、とりあえず移動しましょう」
私はひとまず場所を移動することにした。
そして私とノクスは食堂へとやってきた。
「そう言えば、ノクス様っていつも食堂を利用なさってますよね」
「ん? 知っているのか?」
「はい、ノクス様はとても目立ちますから」
ノクスはいつもこの食堂を利用している。上級貴族はたまに個室に専用のシェフを呼んだりすることがあるが、ノクスは食堂で昼食を食べている。
他の生徒と同じように、席に着いて食事を食べているのだが、ノクスの周りの席にはぽっかりと穴が空いたように人が寄り付かず、そのせいでいつもノクスは目立っていた。
テーブルに着くと、私は声を潜めてノクスに質問する。
食堂の隅の方で、周囲に人もいないので、ここなら聞き耳を立てられていることはない。
「それで、一体どういうつもりなんですか」
「リリスにはあらかじめ許可をとっているぞ」
「そういう問題ではありません!」
「俺とお前の仲なんだ。昼食くらい摂ってもおかしくないだろう」
「いや、確かにそうかも知れませんが、他の生徒たちは私とノクスがどういう関係か知らないのですよ? 急に親しくし始めたら、どんな関係か知りたがるに決まってるじゃないですか」
現に、今は遠巻きからこちらをチラチラと見てくる視線が絶えない。
ノクスは首を傾げた。
「そうなのか?」
「そうなんです」
私はノクスにそう言いながら、違和感を覚える。
まさか、気づいていなかったというのだろうか。
いや、ノクスのことだ。確実に私にいきなり話しかけることがどういうことなのか理解しているはずなのだが……。
昼食を摂っていると。
「ノクス様……っ!」
朝に聞いた、耳障りな猫撫で声が聞こえてきた。
私はかなりうんざりしつつ、振り返る。
するとそこには予想通りというべきか、マリベルが立っていた。
「一体どうしてノクス様とセレナ様が一緒にお食事をしているのでしょうか?」
「なぜと言われましても……」
「私の知らぬ間に、随分と仲良くなられたのですね」
(別にあなたの許可は必要ないと思うんですけど……)
私は心の中でそう呟いた。
マリベルの口調はかなり焦っていた。
今朝、一緒の馬車から降りて来ただけでなく、こうして一緒に食事を摂っているところを見て、かなり動揺しているのだろう。
今までは自分が一番ノクスと親密だと思っていたので、突然自分以上にノクスと親密にしている私のことが気になってしょうがないようだ。
しかもマリベルはどうやらノクスの婚約者の座を狙っているようなので、その焦りもかなり大きいはずだ。
もう私とノクスから情報を引き出そうとしているところを隠すつもりすらない。
もちろん、私とノクスはどんなに聞かれても答えることはないのだが。
「私もお食事を一緒してもよろしいですか!」
「は?」
思わずそんな声が出た。
「あ、ここの席が空いていますね」
マリベルはこちらの返事も待たず、勝手に椅子に座ろうとする。
どうしてもノクスと一緒に食事を摂り、私と対等になりたいのだろう。
私がマリベルに苦情を入れようとしたその時。
「おい。しつこいぞ」
ノクスがマリベルを注意した。
「お前と一緒に昼食を摂るなんて真っ平ごめんだ。早くどこかへ行け」
にべもない拒絶に、マリベルは大いに引き攣った笑みを浮かべていた。
しかしそれでもマリベルは食い下がる。
「そんなことを仰らずに、今まで一度も誰かと昼食をお食べになったことがないじゃないですか。少しくらい私も一緒に──」
「ふむ、今ので理解したかと思ったが……どうやら、お前と一緒に食事を摂るのが不快だ、とはっきり言わなければお前は理解できないようだな」
「っ……!!」
マリベルは歯を食いしばる。
そしてマリベルは私を指さすと、ノクスへと訴える。
「なぜですか! こんなのより、私の方が魅力的で……」
「今、なんと言った?」
明確に、周囲温度が下がったと思った。
「まさか、セレナを罵倒したのではあるまいな」
首筋に刃物を添えられているような、ヒヤリとした殺気がノクスからは漏れ出ていた。
間違いない、今までで一番怒っている。
「何を勘違いしているのかは分からないが、お前よりもセレナの方が余程魅力的だ」
「そんな……」
ノクスが、はっきりとそう言うと、マリベルは傷ついたような表情になる。
「もうお前にはうんざりだ。二度と俺の前に顔を出すな」
「なっ……!」
もう二度と自分の前に顔を出すな、と言われたマリベルは一瞬驚愕に目を見開き、そして悔しそうに口を引き結ぶ。
しかしノクスにそう言われた以上、もう取り付く島がないのはマリベルにとっても明白だった。
最後にマリベルは私を睨んで去っていった。
取り巻きたちは昨日と同じように、「マリベル様!」「待ってください!」とマリベルの後を追って走っていく。
そしてマリベルの派閥の全員がいなくなると、食堂に平穏が戻ってきた。
私はおずおずとノクスに質問する。
「あの……もしかして私のために怒ってくださったのですか?」
「それ以外何があるというんだ」
まるでさも当然かのようにノクスはそう言った。
「あ、ありがとうございます……」
私は少し赤面しながらノクスにお礼を述べた。
そして学園から帰る途中も、当然のようにノクスのエスコート付きだった。
私の屋敷に着いた時、事件が起こる。
「明日まで会えないのが寂しい。待ち遠しいな」
私が馬車から降りようとすると、ノクスは別れの挨拶に加えてそんなことまで私に対して言った。
それどころか、私の手の甲にキスをしたのだ。
「ななっ、何を!?」
私は慌てて手を引っ込める。
私はこんなにも動揺しているのに対して、ノクスは至って平然としていた。
「婚約者なのだから、これくらい当然だ」
「それは絶対に間違ってると思います!」
ノクスの言葉は強く否定せざるを得なかった。
私は若干ノクスの婚約者像に疑問を覚えつつも、悪い気はしなかったので特に気にしないことにした。




