21話
そして、昼食時のことだった。
私はいつも通り、リリスと食堂のテラスで昼食を食べていた。
「……それにしてもすごい変わりようね」
やはり私の予想通り、リリスは一見では私のことを認識できずに、一瞬誰だか分かっていなかった。
「どう? 可愛くなった」
「はいはい、可愛くなったわよ」
私とリリスは昼食を食べながら、そんな他愛もない会話をしていた。
すると……
「ちょっと今、よろしいでしょうか」
背後から声をかけられたので振り返ると、そこには数人の女子生徒が立っていた。
私は彼女たちに見覚えがあった。マリベルたちの取り巻きだ。
声色からして、友好的な話をしようとしに来たのではないことが分かる。
そして代表格と思わしき女性生徒が私に向かって何かを言おうとしたところで。
「今は食事中ですけれど、あなた達は食事中の相手かどうかすら考えないほど、躾けられずに育ってきたの?」
リリスが紅茶を飲みながら厳しい声でそう言った。
口調こそ厳しいものの、リリスの言ったことは間違っていない。
明らかに私とリリスは食事をしている途中で、そんな時に話しかけるのはマナー違反だ。
彼女達はかっと頬を赤らめて、私に対して怒鳴りつける。
「だいたい、あなたが悪いんじゃない!」
「私が、ですか?」
なぜ私が責められるのかが分からなくて、首を傾げる。
「そうよ! あなたのせいでマリベル様がどれだけ悲しんでいるか知らないの!」
「知らないですけど……」
正直に言って、マリベルがどんな気持ちかなんてどうでも良い。
悲しんでいようが、私はきっちりとされたことの報いは受けてもらうつもりだし、それにマリベルの感情を考える必要はない。
このままここに居座られても面倒なので、私はさっさと本題を聞いて、お引き取り願うことにした。
「ええと、本題は……?」
「今日発表された婚約破棄の経緯について、撤回してください!」
「…………え?」
私はぽかんとした表情になった。
「ええと……なぜ私が撤回しなければならないのですか?」
「それはあなたのせいでマリベル様が汚名を被っているのよ!」
私は頭痛がしてきたのでこめかみを押さえる。
そもそも、婚約が破棄となった経緯を発表したのは私ではなく、サンダーソン家だ。
文句なら私ではなく、サンダーソン侯爵家に言うべきだ。
私はそんなことを彼女に言った。
「そう言われましても……経緯を発表したのはサンダーソン家です。私ではなくサンダーソン家に言うべきなのでは?」
「あなたがちゃんと撤回するって言えば、サンダーソン家だって撤回できるでしょ!」
私は深呼吸をして、ニッコリと笑みを浮かべると彼女達へこう言った。
「嫌です」
「なっ!?」
何やら驚いた表情だが、なぜ驚いているのかさっぱり分からない。
「そもそも、マリベル様が蒔いた種ですから私が回収する理由がありません」
「なんでよ! あんな嘘のせいでマリベル様が苦しんでいるのよ!」
挙げ句の果てに、彼女は発表された経緯が嘘だと言ってきた。
どうやら彼女はマリベルが正しいと疑っていないらしい。
「あなたは先程マリベル様の気持ちを考えたことがあるか、と仰いましたが、逆にマリベル様は私のことを一度でも考えてくれたことはあるのでしょうか?」
「あるに決まってるじゃない!」
「それなら、なぜ私の元婚約者との関係を断ってくれなかったのですか?」
「それは……」
「私の元婚約者と淫らな関係だと勘違いされるほどに“親しく”なさっていましたよね? 私の気持ちを一度でも考えてくれたなら、そんな行動はすぐにやめてくれると思うのですが」
婚約者が他の女性と睦まじくしている所を見ていい気分になる女性はいないだろう。
徐々に彼女たちの勢いが弱まっていく。
「加えて言わせてもらうなら、私は一度マリベル様に忠告しています。このままでは相応の対応を取らなければならない、と。その上でマリベル様は私の元婚約者と親しくしていたのですから、私がマリベル様のことを考えなければならない義務なんてありません」
彼女達は完全に押されていた。
「最後に、私もマリベル様に汚名を着せられていましたよね。『エリオット様とマリベル様の恋を邪魔する悪女』というね。これは私の元婚約者とマリベル様のせいで着せられた汚名なのですが」
私はずっとマリベルのせいで汚名を着せられていたのだ。それも、本来は着せられるはずのない汚名だ。
私が責められる筋合いはない。
「それでもまだ撤回してほしい、と仰るなら、国王様の認めた事実を否定した、ということになりますがそれでも良いんですか?」
「そ、それは……!」
ここでダメ押し。
国王様に逆らうのか? と問われた彼女達はもう私に何か言う気力を失っていた。
「子供のように何かをして欲しいと私に要求する前に、一度マリベル様に自身の言動を反省するように忠告してみては? もう私から話すことはありません。どうぞお引き取りください」
私から帰るように促されて、彼女たちは悔しそうにしていたものの、ここでまだ反論しようものなら、国王の決定に逆らうようなものなのだ。
それは理解していたらしい彼女たちはスゴスゴと去っていった。
「それしても、まさかこれほどまでに直接訴えてくるとは思わなかったわ」
「私も。マリベル様って、こんなに味方が多いんだ」
「別に純粋な好意とは限らないわよ? シュガーブルーム家の派閥の貴族は自分の派閥主が危機に陥れば、自分も危機に陥るわけだし」
「でも、あれはかなりマリベル様を信仰してそうだったよ?」
「そうね、リーダー格の彼女はマリベル様に心酔の域で尊敬してそうだったわね」
リリスの言葉通り、リーダー格の彼女は心からマリベルのことを疑っていなそうだった。
「とにかく、こうして直接的な接触をしてきた以上、これからは気をつけた方がいいわね」
「そうね」
ああいう手合いが一番何をするのか予想できない。
自分が正義だと疑わないから、どんなことでも平気でするのだ。
リリスの言葉に改めて、私は気を引き締めるのだった。




