20話
やってきたマリベルは、側に大量の生徒を連れていた。
取り巻きの男子生徒や、マリベルを尊敬している貴族の令嬢たちだ。
私はその生徒の中にエリオットがいるのを見つけた。
(なるほど……そんなに彼女のことを好きなのね)
私と婚約を破棄してもまだマリベルの近くにいるということは、かなりマリベルに惚れ込んでいるらしい。
婚約を破棄したばかりで、すぐに他の女性に近づくのは常識的に考えてどうなのだ、とか言いたいことはあるが、エリオットに常識が通用しないのはもう身に沁みている。
マリベルはヴァンを心配そうな目で見ている。
「何か問題でもあったの? ヴァン様、すごくひどい顔をしているけど……」
「マリベル……!」
ヴァンは救いの女神でもやってきたかのように、マリベルの元へと駆け寄る。
「すごく震えてるじゃない……あなた、何をしたの!」
そしてヴァンが私に怯えた目を向けていることを目ざとく察知したマリベルは、私をキッと睨みつけて糾弾してきた。
「私は何もしていません」
「そんなわけないじゃない! だって、こんなにヴァン様は怖がってるのよ! 何かあったに決まってるじゃない!」
マリベルは一方的に私が何かをしたのだと決めつけた。
「ヴァン様に謝ってください!」
挙げ句の果てにはそんなことまで言い出した。
私はため息をつきながら説明しようとするものの、マリベルは私の言葉を遮って謝るように強制してくる。
「だから私は……」
「ヴァン様に謝って! 話はそれからです!」
マリベルは私に非があると決めつけ、私に謝るように強制する。
「謝る必要はありません。私は何もしていませんので」
「あなたが誰だかは知らなけれど、私は公爵家なのよ! そんな言い訳は通用しないわ!」
(ん?)
マリベルの反応的に、私が誰だか分かっていないようだ。
だから、私は強引に話題を変えながら、自分の正体を明かすことにした。
「私が話していたのは、マリベル様についてですよ」
「えっ? 私?」
「ええ。最近、マリベル様が原因で私の婚約が破綻しましたので。そのことについて少々話していただけです」
「……」
「私の婚約と同じようにそちらの方にも、マリベル様にも責任を問うことができますよ、とアドバイスをしていただけです」
私はにっこりと笑ってそう告げる。
「………………まさか」
マリベルは顔を真っ青にした。
どうやら私が誰かを理解したらしい。
マリベルの取り巻きと、騒ぎを聞きつけて野次馬にやってきた生徒たちがざわめく声が聞こえてきた。
「そんな……だって、別人……」
マリベルは私の顔を見て驚愕に目を見開いていたが、今の状況を素早く呑み込み、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「わ、私はただエリオット様と仲良くしようとしていただけで……」
「その言い訳は通用しません。現に私はマリベル様によって婚約関係を維持することができなくなった、というのは国王陛下が認めてらっしゃるのですから」
もはや立場が逆転していた。
ついでにマリベルの逃げ道を塞いでおくことも忘れない。
もうマリベルにも責任がある、というのは事実となった。
下手な言い逃れは通用しないのだ。
マリベルは目を泳がせると……
「わ、私! 急用を思い出しました!」
とうとう言い訳が通用しないと理解したマリベルが一目散に逃げ出した。
「えっ! マリベル様!?」
「マリベル!?」
取り巻きやヴァンもマリベルが逃げ出したことに驚きつつも、その後を追って立ち去っていく。
その中でエリオットがただ茫然と私を見ていた。
(まさか、今さら私が自分の元婚約者だと気づいたの……?)
私は半ば呆れたようにため息をつく。
ここ一年間ほどはかなり関係が悪くなってきていたとはいえ、八歳からずっと私とエリオットは婚約者として関係を築いていきたはずだった。
それなのに、エリオットは私が誰だかは気づいていなかったらしい。
エリオットは私を見てはいなかった。
そのことを再認識して、私は少しだけ憂鬱な気分になるのだった。
私はその場から立ち去ろうとした。
しかし……
「あの、助けていただいてありがとうございました……!」
先ほど助けた女子生徒が、小さな声で私にお礼を言ってきた。
「こちらこそ、差し出がましいことをしてごめんなさい」
「い、いえ! そんなことはありません! 私、男爵家で……伯爵家のヴァン様にはずっと何も言えなくて……。お父様もヴァン様には逆らうなって……」
同じ貴族といえど、爵位が一番低い男爵家と、男爵家より二つ爵位が上の伯爵家ではかなり身分差がある。
そこまで身分差があるならいくら婚約者といえども、マリベルとの関係について何も意見を言ったりはできないだろう。
そして恐らく、ヴァンはずっとさっきみたいにこの女子生徒を恫喝したりしていたのだろう。
「でも、セレナ様が助けてくれて、すごく嬉しかったです! 私の思ってることを全部言ってくれて、本当にスッキリしました!」
「それなら良かったけど……」
「あ、も、申し遅れました、私はジュリエット・ウィンザーです……」
「私はセレナ・ハートフィールドよ。よろしくね」
互いに自己紹介を終えたところで、私は気になっていたことを質問してみる。
「でも、何でそこまでされて婚約を解消しなかったの?」
「私の家、モンテーニュ家に借金があって、それで婚約を解消できなくて……」
「ああ、なるほど……」
ジュリエットはいわゆる政略結婚をするために婚約をしていたのだろう。
伯爵家の方には男爵家と婚約するメリットはあまりないように見えるが、ヴァンのあの性格を見れば大抵の事情は察する。
恐らく性格に難がありすぎて婚約者が見つからなかったのだ。
そのため爵位を落とした相手と婚約した、事情はそんなところだろう。
「で、でももう今回のことで、慰謝料として借金の帳消しを要求して、婚約破棄を叩きつけたいと思ってます!」
ジュリエットは胸の前で拳を握る。
「借金がなくなれば婚約する理由がなくなるものね」
「はい! 私、ずっとあの人に怯えてばかりで……でも、決めました。セレナ様みたいにしっかりと真正面から婚約破棄を叩きつけます!」
「私もそれがいいと思う。頑張ってね。何かあれば私がまた相談に乗るから」
「はい!」
ジュリエットはさっきまでとは打って変わって、明るい笑みを浮かべながら歩いて行った。




