17話
「ノクス様、何でこんなところに……」
いや、確かにノクスがこんなところまでお忍びでやってきているのも驚きなのだがそれよりも──
「て、ていうか何で私だと……!?」
ノクスが私を一目見て認識したことが、私にとっては一番大きな驚きだった。
私は今、親友ですら別人だと思うような化粧を施されているはずだ。
それなのに私を一目見てセレナ・ハートフィールドだと認識したノクスがとても驚きだった。
「…………まあ、見れば分かる」
ノクスは私から目を逸らしてそう答えた。
私はいつもと違う様子のノクスにピンときて、ノクスの顔を覗き込みながら質問してみた。
「……もしかして、私が可愛いから照れてますか?」
「いや、お前。自分で言うのかよ……」
ノクスがゲンナリした顔で肩を落としていた。
私はノクスを観察するが特に頬が赤かったり、挙動不審な様子はない。
私の予想とは違ったようだ。
「それで、今日は何をしてるんだ」
ノクスは少しため息をつきながら私に質問してきた。
「今日はスト…………その、少しカフェ巡りをしようかと」
正直に「ストレス発散にスイーツを爆食いしようとしていました」と答えようとしてやめた。危なかった。
ノクスはカフェ巡りで納得したようで、頷いていた。
「なるほどな」
「ノクス様はどんなご用事で?」
「いや、特に用事というわけではない」
「ではどうして王都を?」
「民衆の生活を見るのが習慣なんだ」
「生活を見るのがですか?」
「ああ、報告書や数字の上で民衆がどんな生活を送っているのかはある程度分かるが、こうして実際に自分の目で見てみないと実態を理解することはできないからな。逆に、少し歩けば政策が上手くいっていたのかや、改善点がすぐに見つかる」
「そのためにこうして民衆の生活を見ていると?」
「ああ、その通りだ」
「それは何というか……すごいですね」
私は素直に感心した。
平民に混じってまで生活を見ようとする人間は貴族にだってそうそういないだろう。
「王族としてこれくらいは当然だ」
ノクスは何てことはないように肩をすくめる。
(ノクス様って、実はすごく責任感が強い人なのかもしれない……)
私はノクスの新たな一面を知って、また少しだけノクスという人物を理解できたような気がした。
「それで、今はカフェ巡りをしているんだったか?」
「え? はい、そうですね……」
「じゃあ、俺とデートしないか?」
「へっ」
予想だにしない言葉に思わず変な声が出た。
「デートって、でも、ええ……」
「俺たちは婚約者なんだ、別に変なことじゃないだろう」
いや、確かにそうなのだが。
今日は私のストレス発散に来たので……。
「で、でも今日はプライベートな日なので……」
流石にノクスに私がモンブランを三個食べるところは見せたくない。
それにこの後はあと何軒か店を回るつもりなのだ。それに付き合わせたら確実にノクスに大食女だと思われてしまう。
申し訳ないが、ここはお引き取り願おう。
私がそうノクスの申し出を断ると、ノクスは残念そうな顔でため息をついた。
「そうか、それは残念だ。デートなら、代金は全部俺持ちなんだがな」
「さ、早く入りましょう。スイーツが私を呼んでいます」
私はノクスの手を掴むと、颯爽とカフェの中に入った。
「現金なやつだ……」
後ろからノクスの呆れた声が聞こえてきたが、私の頭の中にはもうこのカフェ特製の『スペシャルゴールドフルーツパフェ』に向いていたので気にならなかった。
どうやら金箔が豪華に使われ、フルーツは全て最高級品が使われているという素晴らしいパフェなのだが、何せ値段が張る。今までは見送っていたのが、経費で全て落ちるというのなら食べない手はない。
そして私とノクスは店の中に入った。
入った瞬間、とても視線を感じたが隣にノクスがいるのでしょうがないと思い直し、私とノクスは椅子へと座る。
幸というべきか、ノクスが第二王子だということはバレていないので大きな騒ぎにはなっていなかった。
私は上機嫌にメニューを見ながら、ノクスに何を食べるのかを質問する。
「ノクス様は何を召し上がられますか?」
「俺はコーヒーだけでいい」
ノクスがそう言ったので私は店員に件の『スペシャルゴールドフルーツパフェ』とカフェオレ、そしてブラックのコーヒーを頼んだ。
しばらくするとパフェと飲み物がそれぞれ運ばれてきた。
パフェがキラキラと光って見える。
私は感激しながらパフェに手をつける。
「お、美味しい……!」
流石は高級フルーツをふんだんに使っているだけあって、甘さもくどくなく上品で、カフェオレによく合う味だった。
そして私がしばらくパフェを堪能していると……。
ノクスがコーヒーを飲みながら私を見ていることに気づいた。
私はパフェからひと匙すくうと、手を添えてノクスに差し出した。
「はい、どうぞノクス様」
「……ん?」
ノクスは片眉を上げて固まった。
まるで私が予想外の行動をとって、どう反応したらいいのか分からないみたいな表情だ。
私は首を傾げる。
「あれ、パフェを一口欲しいってことじゃなかったんですか?」
「いや……ただ美味そうに食うな、と見ていただけで……」
「あっ……そうなんですか……」
気まずくなった私は差し出したスプーンを戻そうと……しなかった。
逆にノクスに向けてさらに差し出す。
「それはそれとして、どうぞノクス様」
「いや、今のは手を引っ込めるところだろ」
「自分で言うのも何ですが、私は今すごく可愛いんです。そんな私が差し出したパフェを食べないなんて、そんなことがありますか」
「前々から思ってたが……お前結構ナルシストなんじゃないか?」
「ちゃんと人様には見せないようにしてるから良いんです。それで、どうするんですか、食べますか、食べないんですか」
「……」
ノクスは少し目を細めてスプーンと私を交互に見ると、無言でそのままパフェを食べた。
「…………甘すぎる」
ノクスはそう呟いてそっぽを向くと、コーヒーを口に含んだ。
「そんなに甘くはなかったと思いますけど……」
私はパフェからもうひと掬いして、口に含む。
うん、やっぱり甘すぎない上品な味だ。
少しパフェを食べるかどうか迷っていたあたり、もしかしてノクスは甘いものが苦手なのだろうか。
「もしかしてノクス様って甘いものが苦手なんでしょうか」
「どうしてそうなる……俺は別に甘いものは苦手ではない」
「じゃあ何で……」
私がそう尋ねようとすると、ノクスは顔を明後日の方向に向けた。
「それよりも、この後は少し付き合え」
「えっ……」
一瞬戸惑ったが、改めて考えてみればノクスの言っていることは別におかしくない。
私はこのままノクスと一緒にカフェ巡りをするつもりだったが、そういえば今はノクスとデートをしていた。
私が行きたいところばかりに行くわけにはいかないだろう。
しょうがなく私はノクスに行き先を尋ねる。
「何しに行くんですか」
「何って……ドレスを選びにだ」
ノクスはさも当然のようにそう言った。




