16話
今日は学園が休みとなった休日。
学生にとっては日々の疲れを癒す日でもあり、──私にとっては日頃溜まったストレスを解消する日でもある。
「……よし、スイーツ巡りに行こう」
私はそう思い立った。
この数日間は今までの中でも特にストレスがあった。しかも特大の。
好物であるスイーツを食べて巡らないとこのストレスは解消できないはずだ。
私には密かな趣味として、王都の中のスイーツを食べて回る趣味がある。
元々甘いものが好きだったのと、この一年ほどずっと元婚約者のエリオットとマリベルにストレスを与え続けられていたため、ストレス解消のために暴飲暴食を働いたのが始まりだった。
もちろん甘味の暴飲暴食は乙女にとって色々とまずいので自制しなければ、と思っているのだが、ストレス元からのストレスの供給が止まらないのでそれも虚しく、最近は頻度が上がって来ていた。
「それに、スイーツを食べてないとやってられない……」
私はつい最近、第二王子であるノクスと婚約した。
そして婚約の発表を一ヶ月後に控えている。
つまりはこれからは婚約発表のパーティーに向けて色々と準備をしなければならないと言うことだ。
私は必要な準備に思いを馳せて……とても現実逃避がしたくなった。
そのため現実逃避であるスイーツ巡りをしようという事だ。
「どこの店を回ろうかな……」
そう言って私は本を開いた。
この本は王都中のスイーツが網羅されている本で、どんなにマニアックな店でも詳細な説明と共に記載されているという優れたガイドブックだ。
しかも、なんとこの本は新しい店の情報を更新するために三ヶ月に一度毎に本が発売される。
そのため、スイーツ巡りが趣味の私にとってはとても重宝しているシリーズの本だった。
その本で巡る店とルートを大体決めると、外に出る用の服装に着替えることにした。
貴族らしいゴテゴテした服装だと色々と疲れるので服装は貴族のお忍びといった服装だ。
シンプルな白のワンピースに、ひとまとめに束ねて肩からかけた髪。
いつもの地味メイクはやめて、スイーツ巡りの時用の自然なメイクへ変える。
スイーツ巡りをするときに毎回メイクを変えていたのは私が自分の容姿を地味メイクが本来の容姿だと思い込まないようにするためと、私の正体を隠す為だ。
スイーツを爆食いする姿を見られるのは乙女としては色々と避けたいところでもある。
メイクが施された私は鏡を見る。今日も私は可愛い。
「ふふ、今日も素晴らしいです」
「やっぱり地味にするなんて勿体ないですね」
メイクを施してくれたメイドたちが、私の顔を見て自分の仕事ぶりに満足そうに頷く。
「ありがとう。もう地味なメイクはしなくても良いから、もうやめることにするわ。今までわざと腕が悪いと思われるような指示をしてごめんなさいね」
私はずっと自分たちの腕の評判に差し障るにもかかわらずに地味メイクを施していてくれたメイドたちに謝る。
ちゃんと化粧を学んできたメイドたちに、わざと地味なメイクをさせるのは私としても申し訳ないとずっと思っていた。
だが、もう私に地味でいるように言っていたエリオットとの婚約は無効になったので、もうわざと地味でいる必要はない。
「本当ですか!?」
「もう地味にしなくても良いんですか!?」
私がそう言った瞬間、メイドたちは食いついた。
私は少し仰け反りながらも頷く。
「え、ええ。今度から学園に通うときは今日みたいな自然なメイクで登校するつもりだけど──」
「それならこうしてはいれません!」
「このメイクはやり直します!」
「えっ? いやもうメイクは完成してるんだから、別に──」
私はこのままで良いと言ったのだが、メイドたちはもう私の話を聞いていなかった。
「そんなことをおっしゃらないでください! 久々に! 久々に本気でやれるんです!」
あ、これは反論したら面倒臭そう……。
そう判断した私は、今まで彼女たちに我慢を強いていたのは私のせいでもあるので、メイドたちのされるがままに身を委ねた。
そして少しのあと。
出来上がったのは、そこそこ、いやかなり可愛いと言えるだけの美少女だった。
顔の整った両親から受け継いだ容姿は、化粧を加えることでより輝き、そこにメイドたちの久々に鬱憤を晴らすようにこれでもかと趣向を凝らされたメイクも相まって、美少女と言ってもおかしくないような私が生まれた。
「いや、これもう別人……」
鏡を覗き込んだ私はそう呟いた。
鏡に映る私は自分ですら別人と思うほどに変わっており、親友であるリリスでも一眼見て私と気づくかどうか怪しいレベルだった。
久々に本気で化粧ができたメイドたちは満足そうにしていたので良かったのだが。
これなら本来の正体を隠すという目的も果たせているし、メイクが崩れないように気をつけてスイーツを食べなければならない点を除けば特に問題はない。
そして私はその化粧のままスイーツ巡りの旅に出かけた。
馬車に揺られることしばらく、一番最初の目当ての店にやってきた。
「モンブラン~。モンブラン~」
私は上機嫌に鼻歌を歌いながら馬車から降りる。
スイーツ巡りをするときは一人の時間を過ごしたいので側には誰もいない。と言っても遠くから護衛が見守っているのだが。
店の扉に手をかけようとした時。
「ん? セレナか?」
「え? ……ノクス様?」
声の方向を振り返ると、そこにはノクスが立っていた。




