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15話


 ノクスが帰宅した後、本を読みながら私は色々と考えていた。


(ノクス様との婚約。私は大きく婚約をする、という方に傾いている)


 実を言うと、ノクスとの婚約を保留する際に「心を一旦整理する時間が欲しい」と言ったのは、半分程度方便だ。

 もちろん心を整理する時間自体は欲しいが、半年ぐらい前から「このままだとエリオットと婚約を破棄することになる」と言うのは分かっていたので、大方自分の心には決着がついている。

 婚約を迷っているのは別の理由だ。

 私には思惑があった。


(エリオット様を見返して、婚約を破棄する原因になったマリベル様が悔しがる顔が見たい……!)


 私の思惑はそんなものだった。

 私に魅力が足りないといったエリオットに、エリオットよりも魅力的な男性と婚約しているところを見せて見返すのはさぞ気持ちが良いだろう。

 それにマリベルは確実にノクスに好意を寄せている。私とエリオットの関係を破綻させる原因になったマリベルに一泡吹かせたいというのは、学園に入学して一年間、散々マリベルに頭を悩まされてきた当事者にとっては当然の感情と言えるだろう。

 性格が悪いのは分かっている。

 ただ、「復讐したい」という気持ちに嘘をつけないのも確かだ。

 それにノクスを巻き込んでも良いものか……。

 ノクスも私を利用しようとしているのでノクスに対して引け目を感じる必要はないのだが、感じるものは感じてしまう。

 これが私が婚約するかどうかを迷っている理由だった。


 そして、婚約をしたい一番の理由は。


(ノクス様がこんなに話しやすい人物だなんて、考えたこともなかった……)


 正直なところ、ノクスと話していてとても楽しいと思う。

 ノクスの言う通り私と性格が近いせいか、共感するところがいくつもあって、本音で話しやすい。

 たとえ偽装の婚約とはいえ、この人と婚約すれば愉しく暮らせるだろう、という気持ちがあったからだ。


(ノクス様との婚約を受けよう)


 パタン、と本を閉じる。

 私はそう決意した。


 両親に婚約を受けようと思う、という趣旨の報告をすると両親はとても喜んでくれた。

 それは王族と婚約することが喜ばしい、というより、手酷く傷つけられた娘が立ち直って新しい一歩を踏み出した、ということが喜ばしいようだった。

 私はつくづく恵まれた両親の元に生まれて来たのだと実感した。


 早速、翌日ノクスの元まで行って婚約の話を受けることを報告しに行った。


「ノクス様、私、婚約の話をお受けしようと思います」

「本当か?」


 私が婚約を受けるといった途端、ノクスは意外そうな目で私を見た。

 昨日は私が婚約することを疑いもしないような顔だったのに、実は内心では心配していたのだろうか。


「はい、実はまず初めに白状させていただきたいのですが……」

「何だ」

「私は、エリオット様とマリベル様に復讐したいと思っています。そのために今回の婚約の話をお受けさせていただきたいと思っています」

「つまり、お前はこの婚約を利用して、二人に一泡吹かせてやりたいと?」


 怒られるかな、と思った。

 王族を利用しようなんて、不敬も甚だしい話だ。

 それでもノクスに白状したのは私の負い目をなくして、気持ちよく婚約をするためだ。

 だから私は黙ってノクスがどう言うのかを待っていた。


「──良いだろう。元より俺もお前を利用させてもらう身だ。お前も俺を十分に利用してくれ」


 ノクスはにっと笑って手を差し出してきた。

 握手、ということだろう。

 私もにっと笑ってその手を取った。


 婚約が決まるやいなや、早速ノクスが契約の紙を持ってきていた。

 この婚約に関する詳細な条件に合意するかどうかのサインだ。


「一応契約の紙は持って来ているが……サインできるか?」

「はい、両親にはもう許可は取りましたから」

「話が早いな。なら、条件の確認だ」


 一、ノクス・レイヴンクロフトとセレナ・ハートフィールドは婚約関係となる。

 二、両者は契約期間中、婚約者として振る舞う。

 三、ノクス・レイヴンクロフトは報酬として、セレナ・ハートフィールドに一ヶ月ごとに金銭などを支払うこととする。

 四、ノクス・レイヴンクロフトはセレナ・ハートフィールドの世間での評価が悪くならないよう最大限配慮する義務がある。

 五、婚約に際してかかった費用は全てノクス・レイヴンクロフトが負うこととする。

 六、婚約を解消する場合、話し合いの末、両者の合意に基づいて婚約を解消するものとする。


 ノクスから提示された契約書の内容はざっくりと説明するとこんなところだった。

 書かれている文言はかなり私に有利な内容だと言えるだろう。


「用意が良いんですね。こんな契約書を用意しているなんて」

「善は急げだ」


 ノクスは肩をすくめた。

 私は一つ質問する。


「婚約の発表はいつ行うのでしょう」

「一ヶ月後に開く王家主催のパーティーで婚約を発表するつもりだ。すぐに婚約を発表してしまってはいらぬ噂を流されるかもしれないしな」


 俺としてはすぐに発表したいんだがな、とノクスは呟く。

 すぐに発表しないのは私の世間からの評判に配慮してだ。


「それまではシュガーブルーム家の押しに耐えなければならないが、どうにかなるだろう」

「そんなに押しが強いんですか?」

「ああ、親子揃って昔から娘と婚約しろ、とそれの一点張りだ。最近は特に露骨でな。隙があればすぐに二人きりにしようとしてくる。王家と深い繋がりを持って利益を得たいのが見え見えだ」


 ノクスはそこで一旦話を区切り、話題を元の婚約の発表についてに戻す。


「それで、だ。俺としては今から徐々に俺がお前に恋心を抱いていた、と噂を広めていこうと思うんだが、どう思う?」

「うーん……。それは待っていただけませんか?」

「どうしてだ」

「その方がエリオット様とマリベル様に大きな衝撃を与えられるかと……」

「ハハッ! そのためだけに俺にシュガーブルーム家の押しに耐えろと? 中々いい性格をしているな」


 ノクスは高笑いを上げる。

 今度こそ怒られるんじゃないかと私は内心でビクビクしていた。


「良いだろう。気に入った! 実を言うと俺もシュガーブルーム家の悔しがる顔を見てみたい。散々娘と結婚しろと言っておいて別の家との婚約を発表したらさぞ悔しがるだろう」


 しかし私の予想とは反対に、ノクスはかなりノリノリだった。

 やはりノクスも長年悩まされてきたシュガーブルーム家にはそれなりの恨みがあるらしい。


「他に気になることはあるか?」

「いえ、ありません」


 私は首を横に振る。


「良いだろう。そこにサインをしてくれ。それで契約は完了だ」

「はい」


 私は契約書にサインをした。


「これで俺たちは今日から婚約関係だ」

「偽装の、ですけどね」

「お互い、協力して憎い相手に復讐してやろう」


 ノクスはニヤリとまるで今からイタズラする子供のような笑みを浮かべる。

 そうして、私とノクスは期間限定の婚約関係を結んだのだった。

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