14話
ノクスの二人きりで話がしたいという願いで、私とノクスは私の自室へとやって来た。
「ノクス様、なんでこんなに急に私の家にやって来たんですか……!」
私はノクスに屋敷へやってきた理由を尋ねた。
するとノクスは肩をすくめて答えた。
「何故って、婚約を支持する味方は多いに越したことはないだろう?」
「や、やっぱり外堀を埋めるためだったんですね……」
私はノクスを責める瞳で見つめた。
ノクスとの婚約はこれ以上ない良縁だし、あのノクスの話を聞いたら両親は強く推してくるだろう。
「いや、これは冗談だ。どちらにせよお前の両親には一度は話を通さなければならなかっただろう。当主を抜きにして婚約の話を進めるわけにはいかないからな」
「それはそうですけど……」
偽装の婚約の話とはいえ、王族から貴族への婚約の打診なのだ。
私の意思は別にして、両親にはノクスから婚約を申し込まれたことを報告しなければならなかったのは確かだった。
だからノクスがいきなり屋敷にやって来て婚約のことを両親に伝えたとしても、ノクスが非難される筋合いはない。
「それと、婚約の話を受けるかどうかについては本当にお前の意志を尊重するつもりだ。嫌なら受けなくていいし、無理強いはしない。もし断る時は俺もお前の両親を説得すると約束しよう」
「そ、それはありがとうございます」
「俺としては早めに結論を出してもらえるとありがたいがな。最近シュガーブルームの強引さに拍車がかかってきて迷惑なんだ」
「はい……なるべく早く返事を出すようにします」
「ああ、頼む」
そこで一息つく。
「それにしても、ノクス様のあの演技、まるで本当みたいでしたね」
「演技?」
「あの作り話のことです。私には一目惚れで、ずっと婚約するのは我慢してきたけど、元々の婚約者がいなくなったから婚約することにしたっていう」
「ああ……それのことか」
私が説明するとノクスは納得した顔になる。
「私、ノクス様の表情が迫真に迫っていたので、まるで本当にノクス様が一目惚れしたんじゃないかって思ってしまいました。ノクス様は演技がお上手なんですね」
「……ああ、そうだな演技には慣れている」
何だかノクスの返事は妙に歯切れが悪かった。
そこで、私はとあることに気がついた。
(ん? 何だか私ノクス様と仲良く話してるけど、実はこれってもしかして凄く不敬を働いてるんじゃ……!?)
何故だかまるで心を開いている親しい間柄のようにノクスが話しかけてくるので、つい私も同じようにしてしまったが、ノクスは第二王子であり、私はとても手が届かないような高みにいる存在なのだ。
それなのにまるで友人みたいに話してしまっていた。
私は慌ててノクスに謝罪する。
「そ、その……申し訳ありません!」
いきなり謝罪されたノクスは目をまん丸に見開いていた。
「いきなりどうした」
「私、とても失礼な態度をとってしまいました……!」
「あ、ああ……別に構わない。俺もお前に馴れ馴れしい態度を取っていたしな」
ノクスは私の言わんとしていることが分かったのか、
ノクスから許しが出たことに私は安堵の息を吐く。
「不思議だ。そんなつもりはなかったんだが、つい親しげに話しかけてしまった。案外似た者同士、通じるところがあるのかもしれないな」
ノクスはそう言ってフッと笑った。
ノクスの浮かべたその笑顔はとても優しく、普段の氷のような彼からは思いもよらない笑顔だった。
心臓が少し跳ねる音がした。
「そ、そうですかね……」
私の返事もしどろもどろになってしまったのもしょうがないだろう。
「お前も俺に対しては特に気を遣わなくてもいいぞ。なんなら敬語だって外したっていい。お前は特別に許す」
「いや、それはちょっと……」
流石に第二王子に馴れ馴れしく話しかける勇気は私にはない。
私にできるのは頑張ってさっきみたいな距離感だ。
「俺は別に気にしないぞ。どうする、敬語を外すか、それともしばらくは今みたいな距離感でいるか?」
いつの間にか選択を迫られていた。
私が取れる選択肢は一つしかない。
「今みたいな感じでお願いします……」
「そう望むならそれでいいだろう」
(あれ? これってもしかして選択肢を誘導された?)
私の頭に一瞬そんな考えがよぎったが、私はそんなことがある訳がない、と自分の考えを否定した。
だって、そうなるとノクスが私に親しげに話すように誘導した、ということになる。
ノクスが私に親しくするように誘導する意味がないので、やはり気のせいだろう。
それよりも私はノクスに対して質問しなければならないことがあった。
婚約のことについてだ。
「あの、婚約のことでいくつか質問があるんですけど、質問してもいいですか?」
あの場では一旦保留にしたが、あの時の私はかなり動揺していて、聞かねばならないことを質問するのを忘れていた。
「ああ、いくらでも聞いてくれ」
「まず、婚約の期間はどれくらいですか」
私の質問にノクスが吹き出す。
「ふっ、何の質問かと思ったが、えらく事務的な質問だな」
「で、でも重要じゃないですか……」
「ああ、ちょっとした冗談だ。俺もそれを説明するのを忘れていた。そうだな……ひとまずは一年間だな。婚約期間中にどちらかに好きな奴ができたら、相談の上婚約を円満に解消する。これでどうだ」
「婚約を解消した後はどうするのでしょう」
「それはもちろん俺も考えている。こちらから婚約を頼んだ以上、ちゃんと後の面倒は見るつもりだ。偽装婚約が終われば俺が責任を持って良縁を見つけてくる。好きな奴ができて婚約を解消する場合も俺に問題があったとして婚約は解消することにする」
「なるほど……それなら私も安心です」
結構しっかりとしたケアがついていることに私は安心した。
好きな人のくだりについては。恐らく私よりも先にノクスの方が好きな人を見つけるから、私の方から婚約の解消を持ちかけることはないだろうが。
もう一つノクスに質問する。
「その……私は今婚約を解消したばかりで、すぐに婚約してしまうと悪評が流れてしまう可能性が……」
「それについても対策はしてある。それとさっき話した俺が元々お前に想いを寄せていて、婚約を解消した途端に婚約を申し込んだ、というのをそのまま発表する」
「でもそれならノクス様が……」
「俺は別に構わない。元より婚約を申し込んだ立場だ。俺にいらぬ噂を集めるのは当然だ」
ノクスはなんて事のないふうにそう言った。
やはり、どう考えてもノクスとの婚約を断る理由はない。
ただ……
「もう少し、考える時間をいただいても良いですか……」
「ああ、分かった」
私のお願いにさして気を悪くした風もなく、ノクスは頷いた。
私はもう少しだけ、時間が欲しかった。
自分の心に決着をつけるために。
「今日は急に邪魔してすまなかったな」
ノクスは椅子から立ち上がる。
そして馬車に乗って、王宮へと帰っていった。