12話
「リリス! これはどういうことか説明して!」
ノクスとの話が終わって、戻ってきたリリスに私は問い詰めた。
リリスは涼しい顔で紅茶を飲む。
「何って、ノクス様からセレナと二人きりで話をする場を設けて欲しいって言われたんだもの。用意して差し上げただけよ」
「でも、リリスはノクス様が私に婚約を申し込むって知ってたんでしょ?」
「そうね。それが何か?」
リリスは清々しいくらい取り繕うことはせずに、私の言葉に頷いた。
「くっ……! 開き直ってる……!」
「それにしても、意外だったわ。まさかノクス様との婚約を一旦保留にするなんて」
そしてリリスは意外そうな表情で私にそう言った。
そう、私はノクスの婚約の申し込みを一旦保留してもらうことにした。
「どうして保留なんかしたの? 万一婚約を解消してもノクス様ならしっかりとその後の面倒を見てくれるでしょうし、ノクス様との婚約はメリットしかないと思うのだけれど」
「それは……」
私は言葉に詰まってしまう。
保留にした理由を言葉にするのは、少し難しかった。
「もしかして、まだエリオット様に未練が……?」
「ち、違う! それはないわ! 絶対に!」
リリスに変な勘違いをされかけたので、私は慌てて否定する。
私は決してエリオットに未練があるわけではない。それは本当だ。
「ちょっと、まだ心の整理をする時間が欲しいの……」
私はリリスに婚約の話を保留した理由を告げた。
「そっか、まだ婚約がなくなってから少ししか経ってないものね」
「うん、最後はこんな感じになっちゃったけど、八年間ずっと婚約してきたのは間違いないから。もう少しだけ、心を整理する時間が欲しいの」
人生の半分、エリオットと婚約していた私は当然将来はエリオットと結婚すると思っていた。
しかしそれが急になくなって、次の婚約を考えることが出来ない、というのが私の本心だった。
まだ少しの間は、心を整理する時間が欲しかった。
リリスは急に申し訳なさそうな表情になって私に謝ってきた。
「セレナ、ごめんなさい。私はあなたの気持ちも考えずに……」
「ううん、別になんとも思ってないわ。それより、私のことを考えてくれて嬉しい」
リリスが私のことを考えてくれているのは分かっている。
リリスの言うとおり、いつまでも終わった婚約のことでウジウジと悩んでいる暇は無いのだ。
それに、どちらにせよリリスはこの話を断ることなんて出来なかったと思う。
「ていうか、リリス。ノクス様って、あんな感じだったかしら?」
「あんな感じって?」
「何というか、いつもと比べて雰囲気が優しいというか、どこか表情が柔らかいというか……」
「ああ、それは……いえ」
リリスは何かを言おうとして、やめた。
「あの方は一度懐に入れた人には優しいのよ」
「でも、いつもはあんなに近寄るなってオーラを出してるのに……」
「それは確かに元々の性格もあるんでしょうけど、ああしていないと際限なく令嬢が近づいてくるから人を寄せ付けないようにしているんじゃないかしら」
「そっか……」
いつものあの冷たい表情が仮面で、さっきまでのが本当のノクスなら、きっと婚約してもエリオットとは違って上手くやれるんだろうな、と私は思った。
そして家へと帰宅した後。
「なんか、今日はどっと疲れた……」
私は色んなことがありすぎて疲れ果てていた。
しかし両親には今日有ったことは報告しなければならない。特にマリベルのこととエリオットのことは。
特にマリベルの言動に関しては完全にシュガーブルーム家がハートフィールド家に対する挑発を行ったようなものなので、報告しなければならない。
「あら、どうしたのセレナ。とても疲れているじゃない」
「学園で何かあったのか」
お母様とお父様は私の様子を見て学園で何かあったことを察したらしい。
「はい、実は……」
私はマリベルに学園で言われた言葉を伝えると、お父様とお母様はとても怒った。
「なんだと!? 我々ハートフィールド家をそこまで侮るとは……いくら公爵家といえども許せん!」
「ええ、しっかりと厳重に抗議を行うべきね」
お父様は烈火の如く、お母様は冷静ながらもしっかりと怒っていた。
「すぐにシュガーブルーム公爵には手紙を送って、申し開きを聞く」
「ええ、それが良いでしょう」
シュガーブルーム公爵家への話が終わると、私はもう一つ大事な話を伝えようとした。
「それと……」
私はまだ伝えねばならないことが残っていた。
ノクス様からの偽装婚約の件についてだ。
婚約を結ぶ以上、絶対にお父様とお母様には話を通しておかなければならない。
だから事情を話すべきなのだが……。
私はまだ婚約するかどうかは迷っている段階だ。だからこそ両親に今婚約のことを伝えると、絶対に婚約しなければならないような気がして、気後れしていた。
(でもこれは報告する以外の選択肢はないし、報告しなくちゃ……)
そうして私が口を開いた時。
「まさかエリオットがまた何かやったのか?」
「え? あ、はいそうです。実は……」
本当はノクスのことを伝えようとしていたのだが、タイミングが良いのか悪いのかエリオットのことだと勘違いしてくれた。
エリオットのことを報告しなければならなかったのは確かなので、私はお父様とお母様にエリオットが婚約破棄の件を予め漏らしていたことを報告した。
お父様とお母様は頭痛がするのか天井を見上げたり、こめかみを押さえたりしていた。
「まさか、エリオットが婚約破棄の件を漏らすほどバカだったとは……!」
お父様の口が若干汚くなるが、それも致し方ないほどのことをエリオットはやってのけたのだ。
婚約関係を他家に漏らすなどお互いの信頼に大きなヒビを入れることになる。
元々マリベルの件で両家の関係には大きなヒビが入っていたのだが、それとこれとは話は別だ。
「しかもセレナと別れた後、あの公爵家の娘の元へと戻っていただと……!? 一体どこまで私の娘を馬鹿にしていたんだ!」
「報復としてこちらがこの件を公開する手もあるわね」
お母様はエリオットに呆れたのかため息をついていた。
「ああ。どちらにせよ、厳重に抗議しよう」
その時だった。
「た、大変です!」
メイドが部屋の中に慌てた様子で入ってきた。
「どうした、何があった」
「だ、第二王子殿下が面会したいと……!」
「何だと!?」




