1話
【書籍化&コミカライズ化】します!!
Mノベルスf様より、タイトル『貴方に未練はありません!〜浮気者の婚約者を捨てたら、王子様の溺愛が待っていました〜』で書籍化します!
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「そう、今日も来ないのね……」
侯爵令嬢の私、セレナ・ハートフィールドは目を伏せてそう呟いた。
煌びやかな灯りと、それを反射する宝石や、豪華に仕立てられたドレスの装飾。
室内には緩やかな音楽が流れ、私と同年代の貴族が話している声が聞こえてくる。
今は、私の通う学園の交流パーティーだった。
しかし──
「今日も一人なのね……」
その中で、私は一人で立たされていた。
私をエスコートするはずだった婚約者がいないからだ。
「もう一時間は遅れてる……」
私は時計を見て、ため息をついた。
私は現在、パーティーの会場で、婚約者が来るのを一時間も待ち続けていることになる。
もちろん、事前に遅れるなどの連絡は一切ない。
パーティーでエスコートする男性がいないなんて、貴族の令嬢にとっては大きな恥をかかされているのと変わり無いのだが、いくら説明しても、私の婚約者は理解してくれなかった。
「せっかくドレスを新調したのに……」
私は新しいドレスをつまんで、またため息をついた。
新しいドレスなんていらない、と言ったのだが両親や兄から無理矢理贈られてしまった。
気持ちは嬉しいのだけど、パーティーで一人待ちぼうけを喰らわされている状況と合わさると、惨めさを掻き立てた。
パーティーだと言うのに一人でいる私に好奇の視線が刺さるのを肌で感じた。
ただ、少しだけ救われるのは、私と同様に待ちぼうけを食らっている令嬢が、数人ほどいるというところだろうか……。
彼女たちもチラチラと時計を見ながらため息をついている。
その時、会場の扉が開かれて、十人ほどの男女が入ってきた。
男女といっても、女性は一人だけで、その周りを多数の男性が取り囲んでいる。
その中に、見知った顔があった。
洗練された顔立ちと、ブラウンの髪。
「エリオット様……」
私の婚約者であるエリオット・サンダーソン侯爵令息は、私をエスコートするどころか、その一人の女性に対して、ここ最近は向けてくれたこともないような柔らかい表情を浮かべていた。
そして、エリオットがその表情を向けているのは──マリベル・シュガーブルーム。
金色に輝くふわふわの髪と、丸くて大きい青い瞳。加えて小動物のような雰囲気も相まって、思わず守ってあげたくなるような、庇護欲をそそる魅力が彼女からは溢れていた。
その儚くも美しい容姿から、マリベルは貴族の間からは精霊とも言われている。
その魅力のせいで、私の婚約者であるエリオットや、他の令嬢の婚約者も彼女に心酔していた。
エリオットは決して言葉にしないけれど、婚約者として長年連れ添ってきた私にはエリオットの心がマリベルにあることは手に取るように分かった。
(実際は精霊とはかけ離れた言動をしているんだけどね……)
何しろ、他人の婚約者をあんなふうにまるでアクセサリーのように身に纏っているのだ。私からのマリベルへのイメージは良くて森で人を迷わせ楽しませる妖精。悪く言って人の婚約者を誘惑する毒婦だった。
もちろん、婚約者である自分をおざなりにして他の女性を大切に扱うなんてこと、他の令嬢は許すはずがない。
他人の婚約者をあんなふうに侍らせるなんて、マリベルにも大量の抗議文が届いてもおかしくはない。
しかし誰もマリベルには抗議ができなかった。
それはマリベルが公爵令嬢だからだ。
公爵家というこの国の貴族の頂点に立つ家格の家に、誰が抗議なんてできるだろうか。
加えて、少しでもマリベルに意見しようものなら、マリベルは故意にかそうではないかは分からないものの、周囲にいる人間をうまく焚き付け、意見した人間を攻撃した。
実際に意見をしてマリベルの取り巻きから一斉に攻撃された令嬢もいる。
それぐらいに、マリベルは人気があるのだ。
そういうわけで、マリベルに婚約者を取られている女性は不満を持ちつつも、何もできないという状況になっていた。
しかし、本人には抗議できなくとも婚約者には抗議ができる。
(このままではだめ、今日こそは私がきっちりと言わないと……)
もうすでに私はエリオットにこのような待ちぼうけを複数回されている。
流石に我慢ならない。
私はマリベルの周囲で彼女を護るかのように立っているエリオットに近づいていった。
「エリオット様」
「セレナ……」
エリオットは私が話しかけると気まずそうな顔になった。
約束の時間を一時間以上すぎている事は本人も自覚しているのだろう。
自覚があるのに一時間以上も待たされていた私は、ますますエリオットのことが許せなくなった。
「あら、セレナ様じゃない。どうしたの、そんなに怖い顔をして」
「マリベル様、ごきげんよう」
マリベルは私の婚約者を周りに侍らせていることが分かっているにも関わらず、そんなふうにしらばっくれた態度をとる。
私はその態度に内心怒りを覚えつつも、色々と言いたいことをグッと堪えて、笑顔で対応した。
「私の、婚約者のエリオット様と少々お話があるんです」
私の、を強調してマリベルに伝える。
そしてエリオットの袖を引いて連れて行こうとした。
しかし──
「さあ、エリオット様、こちらへ来てください」
「えっ……それは」
エリオットは名残惜しそうにマリベルを見た。
目の前に、私という婚約者がいるのに。
私の頭の中で何かがプツンと切れる音がした。
「良いから、来てください。エリオット様」
「わ、分かった、分かったから」
私は笑顔のまま怒る。
すると流石にエリオットは私の気迫に気圧されたのか、慌てたように何度も頷いた。
私はエリオットの腕を掴んで、バルコニーの方へと連れていく。
バルコニーは人気が少なく、しっかりと話をするのにはちょうど良い。
そしてバルコニーに連れてくると。
「なぜ、パーティーに遅れたのですか?」
私はそう切り出した。
「約束していましたよね。今日のパーティーはエリオット様がエスコートしてくださると。私はずっと待っていたのに、エリオット様はなぜマリベル様と一緒に会場へ入ってきたんですか?」
私は当然の疑問をエリオットへと投げかける。
「それは……たまたまマリベル様が新しいドレスを見に来ないか、と。だから……」
「そうですか……私も実は新しいドレスなんですよ。何か感想はございますか」
私はドレスを広げてエリオットに見せる。
「え、ええと、その……」
普通の婚約者なら、まずは出会った瞬間ドレスを着ている婚約者を褒めるのがマナーだ。
しかしどうやらこの分では、私が新しいドレスを着ていたことすら気づいていなかったらしい。
とうとう限界に達した私は、エリオットに告げた。
「エリオット様。もう二度とマリベル様には近づかないでください」