学校
ジェシーが住んでいるルースは田舎町なので、子どもたちが通う学校は町に一つしかない。
教室も一つ先生も一人だけの小さな学校だが、ちゃんとした校舎があるだけでも恵まれているといえる。
近隣の村に住んでいる子どもたちは、農閑期の冬の間だけ、上級クラスの生徒を雇って、簡単な読み書き計算を教えてもらっている。そういう冬季学校はだいたいが村長の自宅を借りて教室にしているので、そこの家に赤ちゃんがいたりしたら、泣き声が聞こえて勉強にならないらしい。
ジェシーにそんな村の教育事情を教えてくれたのは、教室で隣の席に座っているクラスメイトのミリアだ。
ミリアの家がある辺境の村には、そんなアルバイトの生徒でさえなかなか来てくれないので、教師役を確保するために、今年は村長の娘のミリアがこの町の学校に入学することになったんだそうだ。
つまりミリアは、町の学校を卒業する二年後には村に帰り、地元の子どもたちに字や計算を教えることになる。
八歳で教師だよ。日本じゃ考えられないよね。
ミリアはジェシーよりも頭半分ほど背が低いが、小さい頃から畑仕事をして身体を動かしているので、手も足も筋肉質でしっかりしている。黒っぽい茶色のおさげ髪は丸太のように太く、三つ編みに編んだ先はほどけないように麻紐で固く結んである。
手足が長くてガリガリのジェシーと、こんな風に中身がギュッと詰まったような、がっしりとしたミリア。二人が並んで座っていると、よく男子に「カトンボとモグラが並んでらぁ」とからかわれたりする。
こういう無礼な奴らに情けは無用だ。
学校に入学して以来、ジェシーとミリアはタッグを組んで、無作法な男どもをこてんぱんにやっつけてきた。
今では、ミリアはジェシーのよき相棒といえる。
そんな頼もしいミリアが、いつもとは違う小さい声で、ジェシーに話しかけてきた。
「ねえねえ、らいしゅうのじっしゅうって、なにをするのかしってる? しょきゅうクラスだけが、西の森にいくんだよね。なにかじゅんびするものがあったら、こまるんだけど……」
ミリアは町に住んでいる親戚の家に一人でお世話になっているので、そういう心配をするのもわかる。
「私もよく知らないな。今日、一緒に女先生に聞きに行く?」
ジェシーがそう言うと、ミリアはホッとした顔で頷いた。
「ありがと、ジェシー。わたし、あの先生とはなすのは、ちょっときんちょうするのよ」
そうか、女先生は子どもから見ると厳しそうに見えるからなぁ。町では男嫌いのハイミスで通っているが、ジェシーは先生が母親の雑貨屋に来て、ファンシーな小物を嬉しそうに購入しているとこをよく見かけるので、中身は見た目ほど厳格なわけではないと思っている。
この辺りは田舎で躾が行き届いていない悪ガキが多いので、生徒になめられないように恐そうな態度をとってるんじゃないかな。
授業が終わった後で、教室の裏に建っている先生の家を訪ねると、先生は昼食を作るために、棚から保存用の黒パンを下ろそうとしていた。
「すみません、先生。ちょっと質問があるんですが」
戸口から覗いているジェシーとミリアの姿を見て、先生は顔をしかめた。
「あなたたち、学校はもう終わったんですよ。質問は授業中に済ませなさい」
お腹が空いているのか、先生の口調はいつもより尖っている。
「ごめんなさーい。すぐ済みますから、ちょっと教えてください。来週の校外実習のことなんですが、何か事前に用意する物はありますか?」
「ああ、そんなことですか。前日に持ってくる物は伝えようと思っていましたが……そうね、ミリアさんには早めに伝えたほうがいいかもしれないわね」
先生はジェシーの後ろで不安そうな様子をしているミリアを見ると、机からノートを取ってきて、パラパラと書き付けを確かめながら、準備物を教えてくれた。
ウェスト・フォレストには、毎年、初級クラスが揃って森の奥にある泉を見に行くらしい。
一時間半ほどの遠足になるので、森を歩くのに適した靴や服装と、植物採取用の袋やナイフ、そして水筒やちょっとしたオヤツなどを準備しておけばいいそうだ。
「ミリアさん、準備ができそうですか?」
「えっと、水筒以外は大丈夫だと思います」
「ああ、それならうちにある水筒を貸してあげる。先生、お茶を入れてくればいいんですよね」
ジェシーが請け合うと、先生もミリアもホッとした顔をした。
「じゃあ、ジェシーさんそのように頼みましたよ」
「ありがと、ジェシー」
この校外学習で、ジェシーはギフトを一つ授かることになる。
そのギフトは、ジェシーが思ってもみなかったものだった。