まさかの坂
チャドんちのおじいちゃんに頼み込んで、ジェシーことジェイクは鍛冶師見習いをさせてもらうことになった。
ただ、おじいちゃんの呼び方が「師匠」になるので変な感じだ。
小さい頃から「裏のおじいちゃん」とか「チャドのおじいちゃん」と呼んでいたので、声をかける時にうっかり「おじいちゃん」と呼びそうになる。
さっきから呼び間違えそうになるたびに、チャドに頭を小突かれるのでいやになる。
「もう、わかったからいちいち叩かないでよ。あんたみたいにバカになったらどうしてくれるの?」
チャドにそう言うと、口をパクバクさせてまた怒られてしまった。
「バカやろう、口調に気を付けろと言ったろ! 鍛冶師になるんだったら、男らしくしろっ」
「わかったわ……わかったよっ」
冒険者のヤンさんたちに話すときには男言葉で話せたのに、チャドやおじいちゃんと一緒にいると、ついつい気が抜けていつもの口調になってしまう。
「ジェし……イク、バケツの水をかえるからそれを井戸まで持ってこい」
「はぁーい」
チャドも名前を呼びにくいみたいだから、おあいこなんだけど。やっぱり身内のような家で男に変身するのはムリがあっただろうか。
鍛冶師見習いの修行第一日目は、ほとんどが掃除や水汲みで終わった。
薬師のヴェルカばあさんとこで、こういう雑用をするのは慣れているのだが、チャドが槌を持たせてもらえているのを見ると、羨ましくなってしまう。
早く自分の槍を打ってみたいな~
おじいちゃん、いや師匠には「最初は、小さめのナイフからじゃな」と言われた。
槍の穂先はナイフより厚みがあるので、刃を作るのが難しいらしい。
自前の武器を作れるのは、まだまだ先になりそうだ。
「ジェイク、初めての鍛冶場はどうじゃった?」
おじいちゃんが竈の火を落としながら、優しく聞いてくれたので、ジェシーも正直な気持ちを言うことにした。
「外から眺めているのとは違って、ここの中にずっといると暑いですね」
「ワハハ、そうか。まずは鍛冶場の暑さに慣れんといけん。鍛冶仕事はこの汗が滴る熱気と、頭の中の冷静な判断からできとるようなもんじゃ。相反する『温』と『冷』を制御して、はじめて一人前といえる。最初は雑用ばかりで嫌になるじゃろうが、先輩のチャドがやっとることをよく見て覚えていきなさい」
「はい、師匠」
おー、こういうことを教えてくれると、ちゃんと師匠という言葉が口から出てくるな。ヴェルカばあさんとはえらい違いだ。
いい一日の締めくくりができた。
仕事終わりの達成感のようなものを感じていたジェシーは、戸が乱暴に開かれた音がして驚いた。
「今日は終わりで……と、父さ……むぐっ?!」
表口の方へに振り返ったジェシーは、沈痛な顔をしたルイスが立っているのを見て、思わず父さんと声を上げてしまった。
チャドがすぐにジェシーの口を手でふさいだが、ルイスはそれをチラリと見ただけで、真っすぐに師匠の方へ歩み寄った。
「おやっさん、ちょっと話があるんだが」
「どうかしたのか。留守が長すぎて、アネーロに愛想をつかされたんじゃないだろうな」
チャドのおじいちゃんはからかい気味の口調だったが、ルイスは何も応えず無言でおじいちゃんを鍛冶場の隅に引っ張っていった。
しばらく二人でコソコソと小さな声で話をしていたが、おじいちゃんが驚いて顔色を変えたことから、あまりよくない話だったみたいだ。
「話した方がよかろう」
おじいちゃんがジェシーの方を見た時に、変身のことがバレてしまったのかと思ってドキリとした。
けれど、よくみると二人はジェシーの後ろにいるチャドを見ているような気がする。
??
「え、俺??」
チャドも何のことかわからずにうろたえている。
おじいちゃんと父さんは、二人してこっちに歩いてきた。暗い陰から出てきた二人の顔は、鍛冶場の魔電灯に照らされて一気に白っぽく年老いたように見えた。
「チャド、トギ……お前の父さんと母さんが死んだかもしれんそうじゃ」
「……………………」
「こんなことを伝えに来てスマン。王都の近くにあるダンジョンに行ってきたんだが、そこの冒険者ギルドで『ルースの町から来たのなら、トギとリリーという二人組のB級冒険者を知らないか?』と聞かれたんだ。ダンジョンに入ったまま、もう何か月も行方不明だったらしい。それが……俺がそこに着いた前の日に、他の冒険者が二人の識別タグと武器をダンジョンの中で見つけたんだそうだ。こっちのギルドに報告するために、ギルド間の通信を使おうとしていた時に、ちょうど俺が来たから、その、家族に連絡を頼まれたんだ。……残念ながら死亡した可能性が、高い、と……」
「そんな……」
チャドの手が緩んでいたのでジェシーは声を出せたのだが、チャドは口をかみしめたまま何も言わなかった。
「ここのところずっと手紙をよこさんかったから、もしかして、とは思っておった。すまんなルイス、辛い役目をさせてしもうた。じゃが……あいつはお前さんが来るのを待っておったのかもしれんのう」
「グッ……」
おじいちゃんの言葉で堪えていたものが溢れたのか、父さんが声を殺して泣き始めた。
チャドの父親のトギと、父は仲が良かったらしい。
母さんと知り合ったのも、トギおじさんの里帰りについてきて、この町にしばらくいたからだそうだ。
二人の間にはジェシーが知らない歴史があったのだろう。
背中越しに感じるチャドの身体は、さっきから小さく震えている。
拘束がゆるんだジェシーは、身体の向きを変えるとチャドの胸にしっかりと抱きついた。
「大丈夫、大丈夫だからね」
何が大丈夫なんだかわからないが、弟をあやすように、ジェシーはそう言い続けながら、ずっとチャドの背をなでていた。




