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手作りにこだわる

なんとか頑張って中級ポーションを作るのがやっとだったジェシーも、暇さえあればヴェルカばあさんの家に通っていたこともあり、徐々に上級レベルのポーションを作れるようになってきた。


「ふーん、まさかこんなに早く上級ポーションを作れるようになるとは思わなかったよ。キルルゴに先見の明があったとは、しゃくだねぇ」


ひどく嫌味な調子で悔しそうにそう吐き捨てたヴェルカばあさんは、ポーション作りにメドがついたので、やっとジェシーに傷薬の作り方を教えてくれるつもりになったようだ。


魔法器具を使って作るポーションとは違い、傷薬の作り方は料理の手順を覚えるようなものなので、幼いジェシーにはまだ無理だと、ヴェルカばあさんは思っていたのだろう。

「傷薬は、まともにポーションが作れるようになってからだよ」と、なかなか教えてもらえなかった。


ふん、前世の主婦歴四十年をなめてもらっちゃ困りますぜ。

そんなに料理が好きだったわけではないけれど、何十年も朝、昼、晩、と家族に飯を食べさせてたら、最低限の経験は身についている。


「あ? エグミの取り方を知ってるって?」

「なんで、すり鉢の使い方がわかるんだい?」

ヴェルカばあさんは、ジェシーが小さい頃から家で料理をしてきたからだと思ったのかもしれないが、それだけではない。


前世で「今日〇料理&ビギナーズ」とか「365日〇献立」、「キューピ〇3分クッキング」などのメジャーな番組だけでなく、「ヘンゼル〇かまど」や外国人の料理番組にいたるまで、よだれを垂らしながらじっくりと観ていた陽子、いやジェシーの知識量にはハンパないものがある。


ユーツーバーも料理系列だけで五人ぐらいフォローしてたもんな。

どちらかというと外食する方が好きだったのに、なんであそこまで手作り料理にこだわってたんだろう? 自分でも自分が謎だ。


でもその料理知識のおかげで、なぜかこちらの世界で薬を作ることができている。

なんにでも興味を持って知識を蓄えておくということは、自分を助けることになるんだな。



傷薬の作り方を習った後は、整腸剤だった。

便秘や下痢が人類の究極の課題だということは、どこの世界に行ってもかわらない。


整腸剤の次に習うのは風邪薬といいたいところだが、こちらの世界では風邪を引いたら栄養を取って寝ていたら治るという認識なので、風邪薬はない。

風邪のように鼻水や喉の痛みを伴わない「うっかり熱」という病気はある。

これは何の前触れもなく急に39度ぐらいの高熱が出て、その熱が三日三晩続くので「三日熱」と呼ばれることもある。

これには熱冷ましの薬湯がよく効く。薬湯に使うフォーレ草はウエストフォレストでよく採れる草なので、町の人はみんなこの草を採ってきて、台所などにぶら下げて乾燥させている。

だから、熱冷ましの薬は薬師がわざわざ作るような薬ではない。


後、習っていない薬は、鎮痛剤や麻痺剤、回復促進剤などの特殊薬だ。

ヴェルカばあさんは、王子の怪我の時に注文を受けたような特殊な薬は、まだジェシーの歳で習うのは早すぎるという考えだ。

あの酷い臭いの薬は、ジェシーもあえて教えてもらいたいとも思わないし、ああいう特殊薬を作る時には、薬師も魔法薬を用意し、副作用の影響を受けないように予防することが求められるので、成長期の子どもが頻繁に作るものではないのだろう。


ということはこちらの世界でよく使うメジャーな薬の作り方をほぼ教えてもらったことになるので、ジェシーは少し暇になってしまった。



薬師の仕事の後は、やはり鍛冶に挑戦してみたい。

それにはまず、ジェイク用の変身グッズを揃えることが必要だ。


秋が深まり、時折木枯らしが町を吹き抜けていくようになった頃、ジェシーは男の子に変身する時のために、服や靴などの男物を買いに行くことにした。


ミリアと一緒に冒険者用の防具などを揃えた服屋に、ジェシーは一人でやって来た。

中身はジェシーなのだが、もうジェイクに変身した後なので、ジェイクと呼んだ方がいいかもしれない。


「いらっしゃい、坊や。一人で買い物かい? 欲しい服があるんなら、棚から出してあげるから、言ってごらん」


服屋のおばさんは、男の子が一人で買い物に来たので心配だったのだろう、ジェシーたちが来た時とは違い、親切に声をかけてくれた。


「これから寒くなるので、冬用の服を一揃い見せてください。汚れ仕事もする予定なので、作業用の、洗濯しても破れにくい服もお願いします」


「まぁ、貴族みたいな顔をしたあんたが、汚れ仕事なんてできるのかい?」


「え? ええ、鍛冶を習うつもりなんです」


貴族みたいだと言われて戸惑ったが、そういえばジェイクは綺麗な顔をしてるんだった。

たく、ダーシャったら女の子のジェシーの顔は手を抜いたくせに、男のジェイクの顔はこの上ないハンサムに造りあげてくれちゃって、なんか私に恨みでもあったのかしら。

ジェシーの脳裏に、舌を出しながらピースサインをしているポンコツ女神の顔が浮かんできて、ちょっとイラッときた。



「鍛冶ねぇ。それならちょっと厚手の生地の作業服があるから、それを見ておくれ」


おばさんはそう言うと、店の奥に入っていき、ゴワゴワしたツナギの作業服を持ってきてくれた。


わー、ツナギなんて初めて見た。こっちの世界にもあったんだ。


「これは腰回りがスッキリしてるから、金鎚とかヤスリなんかを入れる道具エプロンを腰に巻いても気にならないよ。ちょっと値段は張るけど、カナンの町から仕入れたばかりの新作なんだよ」


おばさんに差し出されてツナギを触ってみると、本当にしっかりとした作りの服だった。

これはいいかもしれない。重いものや尖ったものがたくさん置いてある鍛冶場で仕事するのに最適だ。


ジェシーは思い切ってこのツナギを買うことにした。

ツナギの他にも、冬用の服や防寒具も買ったので、服屋のおばさんはホクホク顔だった。


「まいどあり~。また来ておくれ!」



たくさん服を入れたカゴを背負ったジェシーも、欲しいものが買えた嬉しさでウキウキと弾む足取りで家に向ったのだが、ジェシーは一つだけ失念していたことがあった。


ツナギは男性には便利だが、女性が着るとトイレに行く時に困る。

そう、立ったまま用をたすというなんとも不可思議な、人生初の経験をすることになるのだが、これはもう少し先の話になる。

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