ポーション
実習や王子の事件でバタバタしている間に、短い夏が終わり、季節は実りの秋に入ろうとしていた。
夏の終わりにミリアが7歳になり、ジェシーも少し遅れて先日、7歳になった。
自分たちの感覚では、6歳と7歳がさほど違うようには思えないが、会う人ごとに「大きくなったねぇ」と言われるので、傍から見れば成長がわかるのかもしれない。
6歳になって学校に行き始め、同世代の友達が増えたというのはある。そして三回のギルド実習で大人と一緒に仕事をするという初めての経験をしたことで、去年の自分と比べると確かにジェシーの世界は大きく広がった。
まず冒険者ギルド実習で、ジェシーの生活に森での採取や狩りが加わった。
工夫を凝らして状態のいい物をギルドに提供することで、もらえる金額が増え、自分で稼いで食べる喜びを知った。
前世でも働いていたはずなのに、この異世界では世の中の仕組みがシンプルなせいか、より強くダイレクトに喜びを感じられるような気がする。
銀行で給与残高を確認してカードを使って買い物をしている生活だと、自分が稼いだ金だっていうような感覚があまり感じられなかったのかもしれない。
冒険者という、その日暮らしの生活をしている者は、安定性には欠けるが、一発当てた時の喜びや充実感は得難いものがある。
ジェシーの父親も、こういう感覚が忘れがたくて冒険者をやめられないのだろう。
商業ギルドの仕事は、人と関わることだ。
ここでは他人の感情を読み、どのように話を進めていけば利益が大きくなるのかという商売のし方を学んだ。
一緒に仕事をしていたメスカルは一風変わった人ではあったが、そのあたりの流れを読む機微には長けていて、そばで眺めているだけで、商売人がどのように仕事を進めるのかがよくわかった。
さて、最後の製造ギルド実習が問題だ。
王子の事件があったこともあり、ハッキリ言って薬師見習いの仕事はやっていない。事件がなくても、ヴェルカばあさんの家を掃除したり、頼まれたものを買い物に行ったりという雑用仕事で、一週間が過ぎていたような気がする。
けれど、本人が昨日「薬の作り方を教えてやるから、森で採った薬草を持ってこい」と言ったのだ。もしかしたら本当に薬師の弟子にしてもらえるのかもしれない。
期待半分、諦め半分の気持ちで、ジェシーは今日、森で薬草を採ってきた。
「採ってきたよ~。今日は滅多に採れないポレポレ草を見つけたから、ポーションが作れるかなぁ?」
ジェシーがポレポレ草をヴェルカばあさんの顔の前に突き出すと、ばあさんは薬草をチラリと見て手に取った。
「ふうん、まあまあじゃないか。初心者が採ってくるとしおれた葉っぱだけっていう、とんでもないものをつかまされるからねぇ。これは株元の赤い部分もあるから、下手くそな見習いでも中級ポーションぐらいは作れるよ」
「本当に?! やったー! 初めて褒めてもらった気がする」
「ふん、まだ何にもやってないのに褒めるもなにもないだろ。あんたが本当に薬を作ってみたいんなら、サッサと準備をしな。やることはわかってんだろう?」
おお、そうきましたか。
やっぱり職人は、師匠がやってることを見て盗めっちゅうことなのね。
ジェシーは前世で職人が弟子へどういう風に教えるのか知っていたので、一応はその心づもりでヴェルカばあさんのやっていることを見て覚え込んでいた。
これは、今日こそ本当にポーションの作り方を習えそうだ。ちょっとワクワクが抑えきれない。
「わっかりましたー。じゃあ、やってみるのでおかしかったら言ってくださーい」
ジェシーは自分の手を綺麗に洗うと、薬草の下処理にかかった。
薬草は形が崩れないようにサッと洗浄し、程よい大きさに刻む部分とそのまま煮る部分を、違う皿に分けて入れておく。そしてその下処理ができた薬草を、ヴェルカばあさんが部屋に据え付けている蒸留器にかけて、時間をかけて薬効成分を十分に抽出した。
抽出した液体を錬金釜に入れようとしたところで、ばあさんの待ったがかかった。
「待ちな。あんたはいつの間に蒸留器の使い方まで覚えてたんだい? 教えることがないじゃないか」
「ふふふ、職人の技は見て盗めとどこかで聞いたことがあるんですよ」
「……そうかい。そういやぁ、あんたのじいさんは大工だったね。ファベルなら昔人間だから、家で息子たちに教える時に、そんなことを言ってるのかもしれないねぇ」
「え、ヴェルカばあさんはうちのおじいちゃんを知ってるの?!」
「ばあさんじゃなくて、師匠とお呼び。ったく、最近のガキは躾がなっちゃいないね。アネーロも店にばかりかまけてるからこういう生意気な子どもが育つんだよ。あんたのことは、私だって調べるさ。でも人に聞いて驚いたよ。あんたときたら、グレイリィ敷設で領主の覚えがめでたいとか、冒険者ギルドにたくさん薬草を納めてるとか、商業ギルドやホルコム商会で顔をきかせてるとか、たった6歳の子にしちゃあ、叩けばいくらでも埃が出てくるじゃないか。たまげたよ」
「埃じゃなくて、誇りでしょ! それに、もう7歳になりましたー」
ヴェルカばあさんは顔をしかめたが、あの顔は心底嫌な人間に対する態度ではない。たぶんジェシーの評判を聞いたことだけではなく、キルルゴ医師にも何か言われたので、ジェシーを育ててみる気になったのではないだろうか。
しめしめ、これで薬が作れるようになる。そうすると材料費は自分が採ってくるからタダでしょ。それを使って、ポーションを自分で作るから無料。ポーションは冒険者には必須だから、これで採取生活を続けていてもランニングコストが抑えられる。それにポーションだけじゃなくて、いろんな薬が欲しいだけ大量に手に入るようになるってことでもあるよね。
ふっふっふ、お得だわ~。
そんな狸の皮算用をしていたジェシーは、錬金釜の扱いでつまづいた。
魔力の込め方にコツが必要だったのだ。
「ふん、ここいらへんは経験がものを言うのさ。ちょっと貸してみな」
ヴェルカばあさん、いや師匠が釜を混ぜ始めると、薬効成分を含んだ液体がみるみるうちに滑らかさを増していった。そして上級ポーションの金色の煌めきがその身に宿った時、釜の表面が白く発光した。
「できたね。魔力は徐々に込めていくんだが、ある一定のところまで達すると、今度はねじ込むように大きな力を入れてやらないと、効能が開ききらないんだよ」
「へぇ~、ばあさん、いや師匠。これはすごいわ~」
「こんな基本のところでそんなに感心されても、何もでやしないよ」
師匠はぶっきらぼうにそんなことを言っていたが、ちょっと得意げな様子は隠せていなかった。
この日は、ヴェルカばあさんを初めて「師匠」と呼んだ日であり、ジェシーが薬師の道へ一歩足を踏み入れた記念すべき日にもなったのだった。




