後始末
今回の騒動に、やっと決着がつきそうだ。
ジェシーは別荘でジェイクに変身して、もう少し攪乱工作を続けるつもりだったが、それは必要なかったようだ。
ライオル元将軍を味方にしていたのは、大叔父のボーデンにとって大きな助け船になったと思う。
戦略的撤退をすべきではないかというジェシーの提案は受け入れてもらえなかったが、味方が少なすぎるという指摘には、ライオルも頷かざるを得なかったらしい。
ボーデンもまさか自分がいない何か月かの間に、王都の情勢がここまで悪くなるとは思ってもみなかったのだろう。ブルーデンス殿下は国王が擁護してくれているので大丈夫だという過信が、油断を招いたと思われる。
ライオルは王都での権力構図を描き、すぐに戦略を練り始めた。
元部下たちにも声をかけ始めたようで、何日かするとそのうちの何人かがジェシーの住む町までやって来た。
動き始めたら、仕事が早い。
やはり昔取った杵柄、元将軍の名前は伊達ではないようだ。
ヴェルカばあさんの家には、薬師見習いをしているジェシーが毎日通っていたので、王子の怪我の様子は逐一、医療院に報告していた。
町の様子やよそ者の情報などは、ヤンのパーティが報告をあげていたようだ。
医師のキルルゴは、畑違いの情報屋をさせられてるみてぇじゃねえかとブツクサ言っていた。けれど看護師のイライザの方にはスパイの素養があったらしく、彼女の活躍で一人だけ残っていた暗部の男を罠にハメ、ライオルたちが拠点に乗り込んで無事に捕まえることができた。
その男は、宰相のモランボン公爵を追い詰めるコマの一人に使われるらしい。
そのイライザだが、あの大怪我をしていた護衛の人といい仲になってしまった。
「だって、毎日一緒にご飯を食べてたら情が湧いちゃったのよ」
それがイライザの言い訳だが、それだけが理由じゃなかろう。
だって、ジェシーも毎日ヴェルカばあさんや王子と一緒に昼食を食べているが、別に二人と結婚したいとは思わない。
ヴェルカばあさんは、あの性格なので、相変わらずめんどうなことこの上ない。
毎日ジェシーにあれやこれやと用事を言いつけてくる。
あれから一週間以上経つので、とっくに学校の実習期間は終わっているはずなんだが、変だなぁ。
町の人からも、ジェシーはヴェルカばあさんの弟子だと思われているようだ。
王子の方とは、少しは仲良くなっていると思う。怪我をしている腕に薬を塗り、毎日、包帯を替えるのはジェシーの役目の一つだ。カーズと一緒にリハビリを手伝うこともある。
こんなふうに毎日一緒にいると、話をすることも増えてくる。
「こうして民の暮らしを経験してみると、王宮の生活は息苦しかったのだなと感じます。ただ、世話になっておいてこんなことを言うのもなんなのですが、この家の、その、臭いの方は、いつまでたっても慣れません」
そんな正直な本音もポロリと話してくれるようになっている。
王子も十歳で命を狙われたり、国の行く末を考える責を負わされたりと、なかなかハードモードな人生を生きていらっしゃる。
貴族も楽じゃありません。
予定が少し遅れていたが、南の別荘の受け入れ態勢や護衛の手配が万全なものになったらしく、迎えにきた人たちと一緒に王子が別荘に移った。
ようやく今回の騒動がひと段落ついたような気がする。少し寂しさは感じるものの、やっと日常が戻ってきたという喜びの方が大きい。
あのまま王子の護衛を続けていたカーズは、涙を流しながらガッツポーズをしていた。
「これでこの家のくっせえ臭いから解放されるぜ! 殿下にもらったこの給金で、銀寿荘の飯を食べようと思って、今日までなんとか耐えてたんだ!」
まだ根に持ってたのか。やっぱり食い物の恨みは怖いね。
「お疲れ様です、カーズさん。やっとキリがついたので、ヤンさんたちにもよろしく言ってくださいねー。それじゃ、師匠、私もこれで帰ります。たまには弟に昼ご飯を作ってやらないと、文句を言われちゃいますから。明日は学校が休みなので、久しぶりに友達と森に行くんですよ。楽しみだなぁ」
ジェシーがそう言って帰ろうとしたら、ヴェルカばあさんに待ったをかけられた。
「待ちな。あんたは看護師や女中の真似事ばかりして、ちっとも薬師の修行をしてないじゃないか。明日からも毎日うちに来るんだよ」
「えー、だって王子様の世話があったし、女中の方はほとんどヴェルカばあさんの命令じゃないですかぁ」
「口答えするんじゃないよ。師匠の世話も弟子の仕事のうちさ。そんなに森に行きたいんなら、採れた薬草を持ってきな。それで作れる薬を教えてやるよ」
もう、横暴なんだから。
「はいはい、わかりましたよ」
終わったはずの製造ギルド実習。
けれどジェシーの薬師見習いは、まだまだ続くようである。




