割り増されたギフト
私、明日から魂管理センターの職員に雇われても、やっていけると思う。
そう言い切れるほど、今日一日で転生マニュアルを読み込んでしまった。
魂管理センターの終業の鐘が鳴るほんの10分ほど前に、やっと陽子の転生プログラムが完成した。
ずっと作業をしていた陽子とダーシャは、精魂尽き果ててヘロヘロだった。
「あー、やっと終わった。つ、疲れましたね~」
「ダーシャさん、それを言いたいのは私だから。これに凝りて、これからはちゃんとファイルの内容を覚えとかなきゃダメだよ」
「す、すみません。なんか陽子さんにほとんどやってもらっちゃって」
「まぁ、私がやったって言っても、その書類は神階語で書かれてたから私だけじゃ読めなかったし、記録もできなかった。ダーシャさんも今日はよく頑張りました」
そう、ダーシャのポンコツぶりに、もう陽子が代わりに転生手続きを全部やってしまおうかと思ったのだが、書類に書かれていたのは陽子には読み解けない言語、神階語だった。
こうなると陽子に指示された箇所を、ダーシャが読み解いていくしかない。読書が苦手らしいダーシャにとっても大変な一日だったといえる。
「ふふ、二人の共同作業ですね」
相変わらずダーシャの頭の中はお花畑だ。
客の方が主導権を握って、職員に仕事をさせているようじゃダメなんだけどねぇ。
でも一日中一緒にいて、あーだこうだとやり合っていたからか、ダーシャとはずいぶん親しくなった。そして、隣の2番窓口のお姉さん、セイシアさんとも同士というか、対ダーシャ連合の組合員というか、とにかく涙なくしては語れないほどの苦労を分かち合った仲間になった。
そのセイシアさんが、2番窓口を閉めながら声をかけてきた。
「ダーシャ、満足しているところ悪いんだけど、まだ仕事が残っているわよ。終業までもう10分しかないから、陽子さんを早く転生させてあげなさい」
「あ、そういえばそうでしたー」
「まったく、何のために転生手続きをしてたのよ。研修じゃないのよ!」
「わわわ、ですですぅ。じゃ、陽子さん、こちらの転生プログラムの上に手を置いて。はい、いいですよ。それじゃあ、いってらっしゃ~い!」
陽子がダーシャに言われるがままに、できたばかりの書類の上に手を置くと、白く光っていた自分の身体が小さな粒子に分解されていくのがわかった。
ああ、やっと……
薄れていく意識の中で、慌てた顔をしてこちらに駆け寄ってくるセイシアの姿が見えたが、陽子にはセイシアが何をそんなに慌てているのかわからなかった。
「もうっ! ダーシャ、いってらっしゃいじゃないわよ。陽子さんの記憶の初期化はしたの?」
「あっ……忘れてた」
こうして陽子は前世の記憶を持ったまま、転生することになったのだった。
実は、問題はそれだけではなかった。
後日、ダーシャが提出した業務報告を読んだ上司は、要領を得ない記述に疑問でいっぱいになり、本人とセイシアを呼び出すことになった。
「ダーシャちゃんや、この報告書に書いてあることがよくわからないんだが。ちょっとじいじに説明してくれるかな?」
「えっと、それは陽子さんの転生プログラムでーす。じいじは誰もこないって言ってたのに、その日は陽子さんが来ちゃったの」
「ふむふむ。予定外の事故があったようじゃな。こういう時は、転生特典を付けるんだけど、それは付けてあげたのか?」
「ええっ? 転生特典なんてどこにも書いてなかったよ」
「ふぅ、付け忘れてしまったか。なるほどなぁ。これを見ると、来世を生き抜いていくためのギフトも付けてないようじゃし、なんとも困ったことになったの。セイシア、どうなっとるんじゃ?」
横暴な上司に後輩の管理責任を問われて、セイシアも忸怩たる思いがあった。
元はといえば、孫可愛さのあまり、教育のなっていない未熟な人間を職場に放り込んだ自分の責任ではないだろうか。
「ドミト様、ダーシャには現場はまだ早すぎます。この時も、お客様である陽子さんが多大なる協力をしてくれて、一日がかりで未熟なダーシャを育て上げてくれたようなものなんですよ。陽子さんじゃなかったら、その報告書さえできていなかったでしょう。私も、神階語の説明をするために二人に何度も呼び出されました。通常業務に加えて、新人教育業務をこなしたことになりますね。これって、ボーナス案件であって、私が咎められるというのは筋違いかと」
セイシアに冷え込んだ目で睨みつけられて、さすがにドミトも反省した。
「そ、そうか。そりゃあスマンかったの。ゴホン……ということは、世話になった陽子さんとやらに、報いるどころか、不自由をさせることになっとるということか」
「そうですね。彼女にもボーナスが必要なんじゃないでしょうか」
セイシアが、ここぞとばかりにアピールしてくれたおかげで、陽子のギフトが割り増しされることになった。
でも、二人はダーシャのポンコツぶりを忘れていた。
転生特典を付けることはしていなかったが、来世用のギフトはちゃんと付けてあったのだ。これは単純にダーシャの記録ミスであった。しっかりしている陽子が、その辺りのことをおろそかにするわけがない。
ただ、陽子も知らなかったが、ダーシャの勘違いで、陽子が望んでいたギフトにはなっていなかった。
この後、創造神ドミトが無駄に神力を使って後付けで与えたギフトは、陽子の新しい生活を賑やかにしていくことになる。
前世の記憶があることも、割り増しされた大きな力を持ってしまったことも、何もかもが初心者の陽子にとっては、異世界で何気ない日常を過ごすことさえ、興味深い体験になっていくのだった。