王家の事情
ジェシーとヤンの話をじっくりと聞いたボーデンは、家の中に声をかけ、一人の男を呼んできた。
髪には白髪が混じっていたので、そこそこの年齢の人だとは思うが、身体つきや歩きっぷりが普通の老人とはぜんぜん違う。どこか歴戦の勇者の風格があった。
「こちらはライオル将軍だ。この別荘の管理を頼んでいる」
「元だよ、アルバ。お前とは違って、こっちはもう引退した身だ」
ボーデンの紹介によると、このライオル元将軍は仕事上でも私生活でも一番の朋友だということだ。ライオルは長く将軍をしていたので王都での貴族間の力関係や政治事情に詳しいらしく、ジェシーたちはもう一度、この人に同じ話をすることになった。
ジェシーたちの話をじっと聞いていたライオルは、王宮の人間関係を説明してくれた。
「アルバの妹は正妃として王に嫁いだのだが、なかなか子に恵まれなくてな。やっとブルーデンス殿下を身ごもられた時には、他の妃に王子や王女が生まれた後だったんだ」
「ああ、それで王太子問題が持ち上がっているんですね」
「そうだ。我が国の第一王子は、第三王妃の長子になるスーコフ様だ。ところが、スーコフ様の母であるセリナ様は、ご身分が低い。母親の身分が低すぎると、施政者となった時に後ろ盾が得られないんだよ。だから、第二王子のブルーデンス殿下が王の後継ぎとなる皇太子に選抜されるであろうと誰もが考えていた」
ボーデンさんは侯爵家だと言ってたから、たぶんそのセリナ様の実家より身分が高いんだろうな。
ジェシーが貴族の爵位について考えていると、ボーデンが困り切った様子でライオルに尋ねた。
「やはり今回の黒幕は、モランボン公爵だろうか?」
ん、公爵? 公爵ということは、ボーデンさんより上の身分になるのかな?
「決まってるさ。お前たちの根回しが甘すぎるんだよ。兄君は二人とも学者肌だし、お前も医者で政治には疎い。モランボンにとっては、ボーデン家などどうにでも始末できる赤子のようなものだ」
ボーデンがライオルにダメ出しをくらっているが、ここにはもっとややこしい事情があった。
我が国の王に初めてできた子どもは、二人が黒幕であると言っているモランボン公爵の娘、第二王妃が産んだ王女らしい。第二王妃のマライア様は多産系だったらしく、第一王子が産まれる前に三人も王女を産み落としているそうだ。つまり王子様方には、腹違いのお姉さんが三人いるということになる。
先に子どもを三人も産んだ第二王妃の権力は、王宮でも強くなる。
ましてや実家が公爵家であるため、正妃の実家である侯爵家よりも格が高い。
加えて、モランボン公爵は宰相をしており、政治基盤も万全らしい。
公爵にとっては、孫が王女ばかりではなく、一人でもいいから王子であったらと、思わない日はなかっただろう。
「たぶん第一王子のスーコフ様に、王女の誰かを娶らせるつもりなんだろうな」
「はぁ?! それって、姉弟で結婚させるってことですか?!」
ジェシーは前世の記憶があるので、近親婚には即座に拒否反応が出てしまう。
けれど、ライオルに政治バランスを考えなければならないんだよと諭されると、遥か昔に習った歴史の授業を思い出した。
そういえば、地球でも古代の為政者には近親婚の歴史があったな。
「王陛下も御歳を召してきたので、いよいよ皇太子を決めなければならなくなった。陛下にしてみれば愛する正妃の子であるブルーデンス殿下を皇太子に据えたいところだろうが、モランボンがそれを黙って見ているわけがない。私が将軍をしていた頃にも、ことあるごとにブルーデンス殿下では国を治めるには若すぎると上申してたからな」
若すぎるということが引っかかったので、歳を聞いてみたら、ブルーデンス殿下はチャドと同じ十歳だった。
かたや第一王子は、二十八歳だということで、それは比べるべくもない。敵方の王子様の方が経験値も高いだろうし、すぐにでも王様の仕事ができるだろう。
ただ、その王子と結婚させる予定の末の王女殿下が三十路を迎えてしまっているらしく、前世ならまだしも、こちらの世界ではものすごい晩婚だ。
何もかもが丁度いい具合にはならないもんだね。
ジェシーはそんな話を聞いて、いつものクセで深く考えずに喋ってしまった。
「これは戦略的撤退をした方がよさそうですね」
撤退という言葉に反応したのか、元将軍のライオルの眉毛がピクリと動いた。
「尻尾を撒いて逃げ出せと言うのかね?」
地獄の底から響いてくるような声がとてつもなく恐ろしい。
けれどジェシーは、そんなライオルを見据えて言った。
「現状を客観的にみて、勝てる相手だとは思えません。現に、殿下は大怪我をして、こんな片田舎に逃げ込むしかなくなっています。王都に味方が少なすぎますよ。それなのに敵は自由に暗部を使える立場です。このままでいけば、殺される未来しか見えません。やり返すにしても、命あってこそじゃないですか。今は耐え忍んで、しっかりと足場を固めてから反撃すべきです」
「ほう、こんな小さな子が、そんな戦略を提案するか……」
ライオルとボーデンは黙って考え込んでしまった。
え?
今の話を聞いてたら、誰でもそう思うよねぇ。




