勝負
前話で出てきた「麓の村」の場所を「山越えした南側」に変えています。
ここが勝負どころだと思ったジェシーは、麓の村を出る時に王子に借りた服を着ることにした。
ジェイクになったジェシーが着ていたものだが、それを女の子のジェシーが着ることで、混乱を招くことができるのではないかと考えた。
「おい、それは危なすぎないか?」
ヤンにとっては、敵の前にニンジンをぶら下げるようなものだと思ったのだろう。
「でも、ぼやぼやしてると本物の王子様とカーズさんが来ちゃいます。敵が一人だけなら、本来行くべきポルト村に向かっている怪しい者の方を追いかけたくなるんじゃないかな。たぶんその見張りの人は、仲間の三人が帰ってこないから、何かあったのかと思って、うちの町を調べに行ったんだと思います。いくつかの筋が見つかって、どれを追いかけたらいいのかわからなかったので、最初に言われた通り、この先の崖道を張り込むことにしたんじゃないのかな」
ジェシーの説明に、ヤンも頷かざるを得なかったのか、考え込んでいた。
「お前、殿下とカーズに、ゆっくり家を出て、ここまで来たついでに、東のダンジョンがあるギザ村でグレイ敷設に使う素材の山を視察してから南に向かえって、言ってたけど、最初から自分が囮になるつもりだったのか?」
「まさかー、そこまで考えてませんでしたよ。ただ、カーズさんが本来の護衛の人とはまったく違う体型だから、もしこの辺りにスパイが潜んでいても、違う村に向かっている馬車の後は追いかけにくいかな、とは考えました」
「アホ、それはポルト村に行く自分たちをスパイに追いかけさせようとしているということじゃないか」
「そうともいう?」
ヤンは、自分が外れクジを引かされたかのような顔をした。けれどその後すぐ、戦いに臨む前のような張り詰めた面差しをジェシーに向けた。
「お前がそこまでの覚悟をしてるんなら、俺も腹を決めるよ。わかった、王子の服に着替えてこい」
ヤンの許可が出たので、ジェシーはあのおばさんの家で着替えさせてもらうことにした。
おばさんは、何ごとが起きるのかと興味津々だったが、何ごとか起きてもらっては困るのだ。ジェシーの役目は、残っているスパイの目をしばらくポルト村に引き付けさせておくことなので、切ったはったの戦闘は望んでいない。
うまくいきますように。
今のところうまくいってるようだ。
崖路を下っている間中、竜車を操っているヤンが気を張り詰めてピリピリしているのは、道が狭かっただけではなさそうだ。
「視線を感じてる?」
「ああ、神経がヒリつくぜ。ったく、お前はせいぜい女の子らしい格好で座ってろ。男だと思われてみろ、即座に矢が飛んできそうだ」
危ない崖路をなんとか乗り切り、ジェシーたちは潮と魚の匂いが染みついたポルトの漁村に入っていった。
ジェシーたちを見つけた子ども達が、何人か竜車の後を追いかけてきている。ジェシーの母親もここの村には来ていないので、この子達は移動販売車のことを見たことがないのだろう。
「ねえねえ、おねいちゃん。おねいちゃんたちも、かっかのところにきたの?」
弟のランスぐらいの歳に見える女の子が、ジェシーに話しかけてきた。
ヤンが竜車のスピードを緩めてくれたので、ジェシーは荷台から飛び降りると、その子の隣に並んで一緒に歩き始めた。
「私たちは閣下に話があって来たんだけど、家を教えてくれる?」
「うん、いいよ。ここんとこ、おおぜいつれていったげてるから」
子どもたちの案内で、ボーデンさんの別荘に行ってみると、そこではたくさんの人が大工仕事をしていた。
村はずれの丘の上に建っている家なので、村中どこにいてもよく見える。
丘の上は、海からの風が吹いてきているので気持ちがいい。ただ海に面している表側の庭には遮るものが何もないので、日差しが容赦なく照りつけていた。裏庭の方を見ると、そちらは森に囲まれているようだ。そこにいけば、涼しい木陰があるのかもしれない。
ヤンが仕事の邪魔にならないところに竜車を止めたので、ジェシーは玄関で作業をしていた人にボーデン卿の居場所を尋ねた。
「旦那だったら、たぶん裏庭のハンモックで昼寝してるんじゃないか? 午後はたいていそっちにいるから」
いいなー、優雅だなー
こっちはご飯の時間まで削って、あちこち奔走してるっていうのに……
ちょっと恨み節が混じるけど、仕方ないよね。
裏庭の方へ回ってみると、聞いた通りに昼寝をしているボーデンの姿が見えた。
木陰に吊られたハンモックが、おじいさんを包み込んで、小さくユラユラと揺れている。
「ボーデンさん! お・き・て!」
ボーデンの顔のすぐ上でジェシーが怒鳴ると、ボーデンの驚きと共にハンモックが大きく揺れた。
「び、っくりした。なんだい……ああ、ジェシーちゃんか。わざわざここまで来てくれたのかい?」
「なんだいじゃないですよ。王子様から連絡がきてると思いますが」
「ああ、僕が手紙に書いておいたから、ブルーは店に行ったんだね。どうだい? いい男だっただろう」
のん気すぎるボーデンの様子にジェシーだけではなく、後ろをついて来ていたヤンも脱力していた。
「ブルーって、殿下のことですよね。王子様はうちの店に来てませんよ。護衛の人が刺客に襲われて大怪我をしたから、二人とも医療院に来てたんです。私はたまたま医療院に行った時に……」
ジェシーが昨日のことを説明していると、慌てて起き上がろうとしたボーデンが、ハンモックからドサリと落っこちた。
「ウッ、痛い。ちょ、ちょっと待ってくれ、刺客だって?! 私が伝令から聞いた話と違うんだが……」
ジェシーはしゃがんで、地面に転がっているボーデンに、噛んで含めるように説明した。
「裏は取れていませんが、王子様たちを襲ったのは野盗ではなく、刺客の可能性が高いんです。ね、ヤンさん」
ジェシーが見上げると、ヤンも頷いた。
「そこのベンチに座って話しましょう。俺が昨日、殿下たちと会った時の状況を話します。攪乱工作のことは、ジェシーが話してくれ」
「はいよ」
ガーデンテーブルを囲んで座ったジェシーたちは、ボーデンに今の状況とこれから起こりうる懸念について、ボーデンが話が飲み込めるまでたっぷりと語って聞かせたのだった。




