情報
ジェイクに変身しているジェシーは、右腕を三角巾で吊り、王子に借りた上物の旅行服を着て荷台の箱に腰かけ、竜車の揺れに合わせて身体を揺らしている。
御者席に座っている冒険者のヤンは、さっきから器用に竜車を操っていた。
「冒険者の人でも、竜車を御せるんですね。竜は力は強いけど、クセがあるので御しにくいと、は……知り合いに聞いたことがあります」
ジェシーが話を振ると、ヤンは撫でるようにムチを使いながら言った。
「俺は昔、騎士をしてた時に荷運びをさんざんやらされたからな。このくらいの軽い荷物を乗せた竜車なんぞ子どもの遊びだ」
「そうなんですか。騎士だったんですね、カッコイイな」
「ふん、カッコイイか。俺も子どもの頃には騎士に憧れてたんだが、そんなにいいもんでもないぞ。上の者の気まぐれで、どうでもいい戦にかりだされて、何度も一つしかない命を掛けさせられる。親しくしてた同僚が戦ってる最中に隣で殺された時に、辞め時だと思ったんだ」
お、おう。
ヤンさんにはヘビーな過去があったんだね。
ジェシーが押し黙ったのを見て、ヤンは苦笑した。
「わりぃな、子どもの夢を壊しちまってよ。だが、夢は夢のままの方が美しい時もあるってことさ。それでジェイク、ジェシーとはどこで落ち合うんだ? もう町を出て、だいぶ走ったぞ」
「あ、そうですね。もうちょっと行くと、大きい岩があるので、そこで竜車を止めてください」
「ああ、あそこか。わかった」
ヤンさんが岩の側に竜車を止めてくれたので、ジェシーは馬車を降りると、森の中に駆け込み、変身と着替えを素早く済ませた。
これ、魔法のカバンがなかったらできない芸当だね。
「ヤンさん、お待たせしました~」
ジェシーが、今度はジェシーとして出ていくと、ヤンはジェシーの後ろを訝しげに窺っていた。
「ジェイクはどうしたんだ? ションベンか?」
「ジェイクには先に南の別荘に向ってもらいます。私たちは移動販売をしながら、後を追いかけます」
「え、どうして一緒に行かないんだ? 森の中を一人で歩いて行くなんて、危ないだろう」
昨日、チャドにジェイクのことも頼まれたからか、ヤンは心配なようだ。
もう、めんどくさいな。
「彼にはちょっとやってもらいたいことがあるんです。それにジェイクはウエストフォレストに慣れてます。心配ないから、いきましょう」
ジェシーが強引に言うと、ヤンはしぶしぶ竜車を出した。
ジェシーたちは、西の村、西南の村と、道中の村々に寄りながら移動販売を続けていった。
山越えをした後に、サウス山の麓の村に入った時のことだ、誰かに見られているような気がするとヤンに言われた。
「あんた、いい男だねぇ。まさかアネーロの旦那ってことはないよね。ジェシー、この人はあんたのお父さんなのかい?」
竜車の荷台に広げている品物には目もくれず、護衛のヤンのことばかりチラチラ見ていた年増のおばさんが、とうとう直接ジェシーに尋ねてきた。
「この人は父じゃなくて、冒険者ギルドの先輩ですよ」
ジェシーはおばさんに応えた後、小さい声でそばにいたヤンに聞いた。
「村に入る前に誰かに見られてるって言ってたけど、この人のことじゃないんですか?」
ヤンも小声でジェシーに返す。
「バカヤロ、秋波との視線の区別ぐらい、俺でもできらぁ」
おばさんは、二人のそんなやり取りを耳ざとく聞いていたようで、ジェシーたちにとっては垂涎ものの情報を教えてくれた。
「ちょっと前から、村の外をウロチョロしてるやつらがいるよ。他所もんだってみんな言ってる。ここいらの男が着るような服じゃないから、目立つんだよ。なんかあったのかい?」
それを聞いて、ジェシーとヤンは目を見合わせた。
「そいつは、男で間違いないんだな? 一人か? それとも大人数がうろついてるのか?」
ヤンが話しかけてくれたのが嬉しかったんだろう。そのおばさんは、ペラペラと知ってることを話して聞かせてくれた。
「隣村で大工の仕事があるって誰かが聞いてきてね。うちの村でも手先が器用な男衆が何人か、ポルトの漁村に向ったんだよ。その後すぐだったかねぇ、男が四人やってきて、うちの村で食料をしこたま買い込んでいったよ。最初は、ポルト村で仕事があることを聞いて来たのかと思ってたんだけど、おかしなことに三人は山を越えて北に向かったらしいよ。残った若い男が一人、山小屋でずっと留守番してた。でも昨日、その男もどっかに出かけたかと思ったら、またこっちに戻ってきて、今度は山小屋にこもらずに、うちの村と崖の道を監視しだしたんだよ。気味が悪いだろ? だからあたしもそろそろ守ってくれる人を探そうと思ってさぁ……」
話を続けているおばさんには悪いが、これはとんでもない情報だ。
北に向った三人がもう死んでいるのなら、残りはその男一人ということになる。
これは、勝機が見えてきたかもしれない。
ここはヤンさんに頑張ってもらって、情報源になるこのおばさんをしっかり確保しといてほしいなぁ。
ジェシーの目線の意味がわかったのか、ヤンは困ったような顔をして、頭をガリガリかいていた。




