出動
「一週間ほど客を泊まらせろだって?」
やはりヴェルカばあさんは情には流されない。一時の宿が無くて困っている男性を二人泊めてもらえないかと頼んだら、酷く嫌そうな顔をされた。
でもこういう時は、受け入れる側の利点を説明しないとね。
ジェシーは「労せずにたくさんのお金を手に入れられて、その上、労働力を無料で確保できるんですよ」と、ヴェルカにとっての利点を力説した。
「ふうーん、多額の謝礼金と当座の家政婦の代わりねぇ……ふん、そこまでいうなら仕方がないね。家に人を入れたくはないけど、先生の顔に免じて我慢してやるよ」
いやいや受け入れてやるんだよと恩着せがましく言っているが、ヴェルカばあさんが腹の中で皮算用をしたのは誰の目にも明らかだ。
よし、これで王子様の隠れ家はゲットだな。
後はチャドをなんとかしないと……
キルルゴには、謝礼や労働力なんぞを、勝手に請け負って大丈夫か?と心配されたが、王子と侯爵家がバックについているんだから、なんとかなるでしょと言っておいた。
何かの手を打たなければ死が待っているのだ、こういう時こそお金や権力を使うべきだと思う。
ジェシーとキルルゴが医療院に戻ると、王子たちはとっくに宿屋から帰ってきていた。
「皆さんお揃いのようですね。それじゃあ、これからのことを話します」
ジェシーがそう言うと、全員が話を聞く態勢に入った。
何故か六歳の女の子が主導権を握ってしまっているが、誰もそれに疑問を感じていないようだ。
「キルルゴ先生にお聞きします。王子様の事情を知らずに、野盗に襲われて怪我をしたとだけ聞いていたとしたら、どうしますか?」
「そうだな、警察の支所に届けたかもしれんな」
「ですよね。そこを忘れないように届け出ておいてください。それから、ボルさん」
「は、はいっ!」
ジェシーはヤンのパーティメンバーのボルを呼んだ。
ボルにはチャドと組んで、当たり前の対応をしてもらうつもりだ。
「ボルさんも後から警察に行って、野盗に襲われて怪我をしてしまったが、なんとか致命傷にならずに済んだと説明してください。けれど馬車を盗られてしまって困っていると言うんです。そして、ポルト村のボーデン卿に連絡を頼んでください」
「え、どうして? そこには行かないんじゃないのか?」
「こういう非常事態が起こったら、まずはこの辺りで一番頼りになる人に助けを求めるでしょう」
「「ああ、そうか……」」
ちょっと皆さん、もう少し頭を働かせようよ~
「今は予定より早くルースの町まで来ている。けれど奪われた馬車を取り返すために、馬車が去っていった方向を少し捜索してみる。見つからなかったらそちらに向かうので受け入れ態勢を整えておいてほしい。そう言ってください」
「「なるほどー」」
警察に届けた後は、チャドと二人で馬車を借りて、街道をちょっと走って来てもらうつもりだ。その後は一旦南に向かい、適当な所で折り返して、この町にまた戻って来ればいい。
「ヤンさん、カーズさん、ボルさんはこの町に知り合いが多いでしょうから、知ってる人には無理に演技せずに、護衛任務を引き受けることになったと、正直に説明すればいいですからね」
「いいのか?」
「下手に隠して詮索される方が面倒なことになりますし、情報が交錯するほうがかえっていいような気がします」
「それを聞いてホッとしたよ」
「俺たちゃ、演技はうまくないからな」
皆も納得してくれたようだ。
さぁ、攪乱工作の最後の詰めをしましょうか。
ジェシーは、王子と三人の護衛を連れて家に帰ってきた。
男の人がぞろぞろ続いて家に入ってくるので、母親に何事かと問いただされた。
「母さん、ちょっと込み入った事情ができちゃったのよ」
みんなをリビングの椅子に座らせて、お茶を振舞いながら、ジェシーは母親に今日あったことを包み隠さずに全部話した。
「まあ、なんてこと! それで、警察には届けたんでしょうね」
「この後で一応行ってもらうつもりなんだけど、警察や行政の人たちが、味方なのか敵なのか判別がつかないでしょ? だから、今日は王子様たちにうちに泊まってもらおうと思って」
ジェシーがそう言うと、カーズが声をあげた。
「え? 殿下と俺は銀寿荘に泊まるんじゃないのか? 予約を入れてきたぞ」
「そっちは違う人に行ってもらいます」
「えーー、晩飯を楽しみにしてたのにぃ」
カーズはポッチャリした体型なので、食い意地が張っているのだろう。ひどくガッカリして落ち込んでいた。
申し訳ない。後からもらう謝礼金で好きなだけ食べてくれたまえ。
ジェシーは真剣な顔をして母親に向き直ると、これからのことを話した。
「これからチャドんちに行って、チャドにも協力してもらうつもりなの。私もあちこち工作に動くから、今日からしばらく店の方に泊まるね。町の外へ行くついでに、今月の移動販売もしてくるよ。工作のカモフラージュにもなるし」
「ちょっと、それは危なくないの? ジェシーは女の子なのよ」
「大丈夫よ、頼もしいC級冒険者が護衛についてるし、面倒ごとが一度に片付くから一石二鳥でしょ。母さんも移動販売を待っている村の人たちのことが気になるって言ってたじゃない」
「それはそうだけど……」
母親はしぶっていたが、ジェシーは構わずにサッサと支度をした。
冒険者グッズを少しずつ揃えといてよかった。
やっぱりいざという時の備えは必要だね。
そうだ、王子に着替えを何枚か貸してもらおう。
王子とカーズはこのままジェシーの家にいてもらって、ボルにはチャドと顔合わせをした後で警察に向ってもらうことにする。
ジェシーは旅仕度をした荷物を持ち、ヤンやボルと一緒に裏のチャドの家に向ったのだった。




