提案
ジェシーは王子の話を聞いている時に、ある策を閃いていた。
「皇太子の選定が終われば、危険は無くなるんですよね。それならしばらくの間、身を隠すことができればいいんだから、そう難しいことではないと思います」
「だが、この町へ入る前に襲われたってぇこたぁ、メドサン閣下の動向や別荘の場所が相手に知られてるっつうことだぞ」
キルルゴ医師は別荘のリフォームのことも聞いていたようだ。こんな風に何人もの人が南の漁村にある別荘のことを知っているのなら、そこは使えない。
「あそこの別荘は囮というか、王子がやってきたかもしれないというフェイクに使えればいいんですよ。ヤンさんたちが処分した馬車も、相手側からすれば一応調べなければならない一つのフェイクになります。そうやって、怪しげなフェイクをたくさん作れば、調べるだけで相当な時間がかかります」
「「なるほど~」」
わかってもらえたようだ。
「それでこれからのことですが、王子様にはヤンさんたちを雇ってもらって、あちこちに足跡を残してもらいます。私がもう二人、同じ年恰好をした男の子を手配するので、三人で手分けして護衛をお願いします」
ジェシーの話を聞いていたヤンが慌てた。
「おい、それはどういうことだ? まさか王子と護衛に見せかけた二人組を三組作るってことか?」
「そうですよ。似たような二人組がたくさんいたほうが相手も調べがいがあるでしょ?」
「お、おう……」
「ヤンさんたちは三人とも、ちょっと具合の悪そうな様子で歩いてくださいね。怪我をした時の血がどのくらい地面に落ちてるのかわかりませんし、この町に入って来る時にどれくらいの人に目撃されていたのかもわかりません。ようするに、怪しそうぐらいでもいいので、相手を混乱させるような演技が必要です」
「お前は……とっさに、よくこれだけのことを考えられるもんだよ」
ジェシーがスラスラと人を騙すための案を述べていくので、みんな呆れているようだ。
このくらいは序の口だ。まだまだあるよ~。
「護衛の方には、こちらの医療院で歩けるようになるまで休んでもらいます。そして歩けるようになったら、しばらく看護師さんの家で預かってもらえませんか?」
「え、私? ダメよ、私は独り住まいなのよ」
「ああ、それならなおいいですね。周りの人には恋人がちょっと具合が悪いので、治るまで面倒を看ているということにしといてください」
「ちょっと、それって外聞が……」
イライザは困り顔だが、非常事態なので仕方がない。
「外聞は、この件が終わり次第、先生や閣下に何とかしてもらいましょう」
キルルゴはもう諦めたようで「ここまで関わっちまったら仕方がないさ」とイライザを慰めていた。
そうだね。もうここにいる皆でなんとかするしかない。
「王子様は髪の色がわからないように帽子を被って隠してもらいます。それで当初の予定通り、南に向かってもらいます。ただ、別荘がある漁村の方には向かわないで、山を越えた後、山沿いの辺境の村で何泊かした後、この町へ戻ってきてください。この町では、できたらヴェルカばあさんの家に宿泊するのが一番なんですが……先生、一緒に行ってヴェルカばあさんを説得してもらえませんか?」
「おいおい、そりゃあまた無謀な計画だな」
キルルゴも自分に火の粉が降りかかってくると、慌てている。
「だって、この町で誰も近寄らない家って、あそこぐらいですよ。隠れ家に最適じゃないですか」
「うっ、確かにそう言われればそうだが……」
それからが忙しかった。
王子と、新たに護衛役に決まったカーズには、銀寿荘に今夜の宿泊の予約をとりに行ってもらった。
カーズはヤンのパーティの中で、怪我をした護衛の人に一番似ていないので、敵を混乱させるのにいいだろうということになり、王子と組むことになった。
ジェシーとキルルゴは、もちろん二人でヴェルカばあさんの説得に向った。
「いやあ、こんなことになるたぁ、思ってもみなかったぜ」
キルルゴは先行きを心配してか足取りも重い。
「私だってそうですよ。製造ギルドの実習が始まったばかりなのに、大丈夫かなぁ」
「しかしお前さんもよくやるよ。大人や警察に任しちまえば楽なのに」
「ですよね。でも、今回のことはその大人や警察がどこまで信用できるかわからないでしょ? 大叔父さんにも頼まれてたし、こうなったら乗りかかった船ですよ」
「そうだな、もう降りられねぇ。腹を決めて最後まで付き合うしかねぇか」
二人でそんな話をしながら歩いていたら、道を歩いてきたミリアに声をかけられた。
「ジェシー、実習おわった?」
「あ、ミリア、ちょうどよかった、話があるのよ」
ミリアの家の人に頼もうと思っていたところだ。
「明日か明後日に、私の知り合いを二人、村のミリアの家に泊めてもらえない?」
「どうしたの? きゅうなはなしだね」
「それが、この町の近くで一人が体調を崩したみたいで、二、三日、静かな所で休みたいらしいの。今日は銀寿荘に泊まるからいいんだけど、できたらもっと人が少ない辺鄙な所へ行きたいって言われて、ミリアの村のことを思い出したのよ」
「ふふ、たしかにうちの村なら、その人のきぼうにかないそうだね。わかった、父ちゃんにてがみをかくから、その人にわたしたげて」
「ありがとう! 恩にきるよ。お礼をするから期待しといて」
「おれいなんかいいのに。じゃ、またあとでねー」
「うん、実習が終わったら寄るから。バイバイ~」
ジェシーとミリアの会話をそばで聞いていたキルルゴは、不安が増したらしい。ミリアが離れるとすぐに、小声でジェシーに尋ねてきた。
「おい、あそこまで打ち明けて大丈夫なのか?」
「ミリアは口かかたいから誰にでも話したりはしませんよ。でも、今夜、銀寿荘に泊まるのは殿下たちじゃなくて、私の知り合いの男の子です」
「はぁ? 殿下と組んだカーズは久しぶりに銀寿荘の飯が食えるって、喜んでたぞ」
「チッチッチ、甘いですよ先生。敵を欺くには味方からです」
「それで、宿の予約が取れたら顔合わせをするから、もう一度医療院に来るようにって言ってたのか……」
「時間をかせぐためには、より複雑にややこしくしないとね」
この後、ヴェルカばあさんちの近所のおじさんに「キルルゴ先生が薬代が高すぎるって言って、これから抗議に行くところです」とジェシーが話すのを聞いて、キルルゴも呆れを通り越して感心してしまっていた。
「お前にゃ、敵わねぇな」
「これも、先生がこれからヴェルカばあさんの家に何度も向かうようなことがあってもいいように、近所の人に不信感を持たれないための布石ですねー」
「まいった」
そしてあのヴェルカばあさんも、こんな口八丁手八丁のジェシーに丸め込まれた一人になってしまったのだった。




