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医療院

ジェシーが、頼まれた買い物をヴェルカばあさんに渡すと、今度は薬瓶が入った重たいカゴを渡された。


「今度は、これをキルルゴの所へ持っていきな。中に請求書も入ってるから、なくすんじゃないよ」


「はぁ……あのぅ、キルルゴさんちって、どこですか?」


ジェシーの質問に、ばあさんは心底呆れた顔をした。


「お前さん、町に一つしかない医療院の場所も知らないのかぇ?」


「なんだ医療院か。それならそうと言ってくださいよ」


ジェシーは小さい頃から病気をしたことがないので、一度もお世話になったことはないが、医療院なら最近は母さんがよく行っている。


「わかってるんなら、さっさと行きな! いいかい、キルルゴが何と言おうと、請求書に書いてある金額を全額ぶんどってきな。びた一文まけるんじゃないよ!」


「はいはい、わかりました」


んとに、人使いが荒いんだから。

しかしキルルゴさんて人も災難だなぁ。医療院に勤めてたら、あのばあさんとずっと付き合わなきゃいけないし、薬を注文するたびにあんな風に愚痴られてたらたまったもんじゃない。



医療院は商業ギルドと冒険者ギルドに挟まれた道の角にある。町役場前の広場にも面していて、ルースの町の主要な建物の一つになる。


買い物に行く前に薬を渡してくれていたら、ここまで歩くのに二度手間にならなかったのに……


さっき通ったばかりの道を再び歩いて、ジェシーは医療院までやってきた。

広めのアプローチを一段上がって、医療院の大きな扉を開けて中を覗くと、薄暗い待合室があったが、そこには誰も座っていなかった。


「すみませーん、どなたかいますか? 薬師の用事できましたー!」


すぐにジェシーの大声に負けない野太い声が、奥の部屋から返ってきた。


「うおー、中まで入ってこい! 今、ちょっと手が離せねぇんだ」


あらま。

なんかクマが吠えたみたいな声だったけど、あれがお医者さん?


ちょっとビクつきながらジェシーが部屋へ入っていくと、そこでは緊急事態が起こっていた。


わっ、血だ!

床に点々と血の跡がある。そしてそれは、ベッドに続いていた。


ベッドでは、茶髪のがっしりした身体の男の人が横たわっていて、息を荒げて唸っている。

着ている服から黒くて赤い血が浸み出しているように見えるので、たぶん脇腹を怪我しているのだろう。


その人が着ている高そうな服を、ハサミでジョキジョキ切り裂いているのは、たぶんお医者さんなんだよね?

どう見ても髭面のクマが、人を襲ってるように見えるんですけど……


その人たちの側には、青い髪をした少年が心配そうな顔をして立っていた。

少年はじっと医者の手つきを見ているが、その子自身も怪我をしたようで、右手を真っ白な三角巾で吊り下げている。


服を切り終わった髭面のクマは、血まみれの手とハサミを洗面器で洗いながら、ジェシーに声をかけてきた。


「ちょうどいいところに来てくれた。お前はヴェルカばばあんとこの使いだな?」


「は、はい、ジェシーといいます。今日から製造ギルドの……」


「ちょっと待て、自己紹介は後だ。看護師がちょうど昼飯に行ってていないんだよ。お前、ちょっと手伝ってくれ」


「え?」


「そんなに難しいことはない。俺が言う医療器具を渡してくれるだけでいいから」


ええっ、難しいじゃん!

医療器具の名前なんか知らないよー


しかしクマ、もといお医者さんらしき男は、ジェシーに有無を言わせず指示を飛ばした。


「そこできれいに手を洗ってこい。あそこの棚からトレーに乗せてある手術道具を全部この机の上に持ってくるんだ。急げ!」


ひえぇ、もう、なんで自分でやらないのよー


けれど医療器具が乗ったトレーを側まで運んでみて気がついた。

止血が必要だったのか……


モジャモジャと毛が生えた太い指で、患者の脇腹を強く抑えて、クマは圧迫止血をしている。

けれど赤い血はその手の下からもジワジワと浸み出していた。


そこからは怒涛の流れだった。

クマが口と目で指図する器具を、ジェシーは無我夢中で渡していった。



「たっだいまぁ~、先生、やっぱりあそこの新作料理は美味しかったですよ~」


鼻歌と共に呑気に帰ってきた看護師の方を、疲れた顔でジェシーが振り返った時には、もうほとんどの治療が終わっていた。



後からこのクマは、キルルゴと名乗った。

どうやらジェシーが同情していたキルルゴさんは、薬剤師でも看護師でもなく、お医者さんだったらしい。


そして怪我をしていた男の人は、側で青い顔をしてずっと立っていた少年の護衛だった。

この少年が、大叔父さんの言っていた甥だと知った時には、ジェシーはすでに渦中に巻き込まれてしまった後だった。

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