新人教育
陽子は待っていた。辛抱強く。
隣の2番窓口に並んでいる人が三人、四人と減っていき、とうとう五人目の人が手続きを終えているのを見て、意を決して女の子に話しかけることにした。
「あのぉ、さっきから熱心に何を読んでいるんですか? できるところからでいいですから、転生の手続きをやってもらえませんか?」
受付の女の子は、陽子の声でピクリと我に返ったようで、書類ファイルから目をあげて気まずそうな顔をした。
「えっと、どこからやったらいいのか、ちょっとわからなくて……」
おいおい、一番最初からかよ。
「ハァ~、隣の2番窓口の先輩に、手順を聞いてみたらどうですか?」
「あ、ナイスですぅ! その手がありました」
いそいそと椅子から立ち上がり2番窓口のお姉さんに話しかけている女の子の後姿を見て、陽子は脱力した。
ちょっとこれ、マジでヤバそうだわ。
上司が誰か知らないけど、こんな素人を受付に座らせるなよなぁ。
向こうから漏れ聞こえる話を聞いていると、2番窓口の綺麗なお姉さんはセイシアさんというらしい。忙しいのに後輩の言い分をじっと聞いていたが、あまりにも基本の質問であったためか、だんだんと顔つきがきつくなっていった。
「ちょっと、ダーシャ。あなた研修で習ったことを復習していないの?! あのクソジジイったら、何を考えてこんな子を現場によこしたのかしら。あー、頭が痛い」
お怒りはよくわかります。
でも、私も困ってるんですよ。セイシアさん、なんとか指導してやってください。
そんな念が通じたのか、セイシアが陽子の方を見て苦笑いをすると軽く頭を下げた。
「ほら、お客さんを見なさい。亡くなったばかりの人を不安にさせてどうするのよ。魂管理センターは、サービス業みたいなものなんです。スムーズな転生処理をして、快く新しい生に送り出す。これが基本よ」
「はぁ~い」
「返事は短く!」
「はい、すみません」
先輩に怒られてクシュンとしたダーシャは、セイシアから書類の使い方や索引のし方を教わっているようだった。
「ふんふん、ああ5ページに書いてあったのかぁ。わかりましたー」
「そう、ここを見ながら順番にチェックしていくのよ。過去の精査が済んだ後で、来世の目標を設定して、それから転生先の選定ね」
「ほうほう、簡単ですね。ありがとーございますぅ」
ダーシャ、本当にわかってるんだろうな。
さっきまで何もわからなくて困っていたくせに、鬼の首を取ったように自信満々なダーシャを見て、セイシアと陽子はそこはかとなく不安を感じるのだった。
ダーシャは重そうな書類ファイルを抱えて、1番窓口へ戻ってきた。
「お待たせしましたー。もう大丈夫ですからね。私にドンとお任せください。素晴らしい来世にご招待します!」
…………
セイシアに、管理センターの仕事はお客さんを安心させるサービス業だと言われたからか、ダーシャは取ってつけたような営業口調で陽子に話しかけてきた。
ん、悪い子じゃないんだけどね。
でも空気を読めていないというかぶった切っているというか、何も気にしない、いい性格をしているな。
陽子の思いをよそに、ダーシャは張り切って宣言した。
「さぁまずは、来世の目標を決めましょう!」
これはツッコまざるを得ないよね。
「あのぉ、最初に過去の精査じゃないんですか?」
「うぇっ? そ、そうでしたっけ? ええっと、3ページに載ってるリスト、リスト……あれ? ない」
「5ページじゃないのかな」
「あっ、あーー。さすがお客さん、よくわかってらっしゃる」
ダメダコリャ。
こちらを気にしていたセイシアさんに、遠くから拝まれた気がしたけど、これって泣いていいよね。