宝箱
初めて腰に鉈をさして、森へ採取にいくことになった。
へへぇ。
腰の重みにチラリと目をやると、鉈の刃がピカピカと輝いている。
へへへ。
ついつい頬が緩むね。
歩き始めてからずっとニヤついているジェシーを、ミリアは苦笑して見ていた。
「きょうはどっちの方へいく?」
「そうだね、リベンジしてピュリを採りに行こうか。もうトリガーもいないし、遺跡の奥の方はまだ探索してないから、そっちにもピュリの実がなってるかもよ」
「そうだね。あそこにも、とってないピュリが、まだたくさんあるし」
ジェシーとミリアは、目に付いた光っている草を採取しながら、町の西北にあるピュリンガ遺跡を目指した。
森の中ではすぐそばをリスが駆け抜けていくことがあるし、木の幹に止まっていた虫が驚いて飛び立っていくこともある。
本当にこのウエスト・フォレストは生命が豊かな森だ。
歩き続けていた足が怠くなってきた頃に、覚えのある遺跡の丘が見えてきた。
「やっと着いたよ~。あの時は張り切ってたから、こんなに遠くまで歩いてたのに気づいてなかったんだね。ここまで来るのは結構あるな」
「わたし、のどがかわいちゃった。やっぱり水とうをかうべきかも」
「水は持ってきてるよ。飲む?」
「うわぁ、サンキュー、ジェシー」
ジェシーが肩掛けバッグから水筒を出してミリアに渡すと、ミリアはゴクゴクと喉を鳴らしながら、おいしそうに水を飲んだ。ジェシーも返してもらった水筒を受け取って、同じように喉の渇きを潤す。
爽やかな春の風が吹いてきて、汗ばんだ二人の身体をスッとなだめてくれた。
少し休めたので、二人で採取袋を取り出して、前にピュリの実を見つけた遺跡の奥を目指す。
「やっぱりこのあたりのピュリは、もうとられちゃってるね」
「前に採ったとこは、もう少し奥じゃなかった?」
そんな話をしながら歩いていると、草むらが酷く踏みにじられ、ひとところに大きな黒いシミがある地面が見えてきた。
ピュリの実も株ごと踏みつぶされて、ぐちゃぐちゃになっている。
「あーぁ、ここじゃない? トリガーがあばれたんだね。めちゃくちゃになってるぅ」
ミリアはまだピュリの実が残っているかもしれないと期待していたのだろう。ひどくがっかりしていた。
これは、トリガーだけじゃなくて、冒険者たちもピュリを踏みつぶしたな。戦ってる時にピュリのジャムのことなんて、誰も考えないもんね。
「仕方ない。もうちょっと向こうに行ってみよう」
「うん。あー、ピュリのみがこんなになってる。もったいない」
しばらく歩くと、丘の遺跡が一旦途切れて、ちょっと離れたところに円形状の石柱が建っている場所があった。丘を下りていったところなので、窪地になっていて、草も鬱蒼と繫っている。石柱も半分くらい草の中に埋もれていた。
「あそこらへんは、どうかな?」
「ああいう草むらには、ヘビがいるよ、ジェシー」
「ふっふっふ、だから誰も足を踏み入れていないんだよ。でも、私たちにはこれがある!」
ジャジャーン
ジェシーはおもむろに腰の鉈を抜き、その腕をグッと前に突き出して、キラリーンと剣のように空にかざした。
「おーーー!」
ノリのいいミリアがパチパチと拍手をしてくれる。
やっぱ、武器があると、探索がはかどるよねー
ジェシーは走って丘を駆け下りると、鉈を構えてエイヤッと草を蹴散らしした。
おおっ、よく切れる。これは気持ちいい~
バッサバッサと草を薙いでいくジェシーの後を、ミリアがのんびりとついていく。
「あ、ジェシー。あのへんに赤いいろがみえたよ!」
ミリアが教えてくれたので、ジェシーがそっちの方の草を集中して払うと、ルビーのような熟れた赤色をしたピュリの実がたくさん顔を表した。
「わぁ、たくさんある!」
「草の中にあったから、粒が大きくてみずみずしいね。ムフフ、今日は大漁だ」
ジェシーとミリアはものも言わずに、しばらく夢中でピュリを採った。
「あれ? ジェシー、これなんだろ?」
ミリアが声をあげたので、ピュリを採る手を止めて行ってみると、そこの土の中から何かの角のようなものが5センチほど突き出ていた。
しゃがんでピュリを採っていなければ気が付かないような物だったが、それは石とかではなく、なにかの人工物のようにみえた。
「なんか埋まってるね。昔のタンスの角っこみたいにも見えるけど……ちょっと掘ってみる?」
「うんっ! ピュリはもうたっぷりとれたし、かえるまえにほってみよう」
二人のこの判断が功を奏した。
普段なら、そんなめんどうなことはしないだろう。けれど、採取袋がいっぱいになっていたので、二人とも遊び心が芽生えていた。
その辺にあった尖った石を使って、突き出た角の周りを掘り進めていくと、なんと箱のようなものが姿を現してきた。最初は服を入れておく長持か何かだと思ったが、地面から半分ほど出てきているその箱は、いまやどうみても海賊ものの映画なんかに出てくる宝箱のように見えた。
「これ木の箱にみえるけど、朽ちてないね」
「ねぇジェシー、ちょっとそのナタでこわしてみてよ。中に、なにかはいってるかもよ!」
「ええ、これでぇ?」
長年、土の中に埋もれていても平気だった硬そうな木の箱だ。チャドが研いで使えるようにしてくれたばかりのこの鉈の刃が痛むんじゃないかと思ったが、ミリアがワクワクした顔でジェシーを見ているので、その期待を裏切るのも悪い気がする。
「んじゃ、割ってみるよ」
ジェシーは腹をくくって足場を固め、鉈を頭の上に大きく振りかぶると、渾身の力を込めて勢いよく箱に叩きつけた。
ボガシャ、ピーン!
「あ、すきまがあいたっ」
ミリアが飛び上がって喜んでいる。
ジェシーは鉈をだいぶ勢いよく叩きつけたつもりだったが、何の木でできているのかこの箱は、少し潰れて凹んだだけだった。けれどその少しのゆがみが鍵口を壊したらしく、箱の上蓋が少し持ち上がっていた。
ジェシーはその隙間に鉈をこじ入れて、力を込めてしばらく格闘した後、とうとう箱の上蓋を壊すことに成功した。
「ひえ~、硬い箱。手が痛くなったよ」
「ジェシー、ジェシー、なんかはいってるぅ!!」
「そんなに喜んでも、たぶん何千年も前の遺物だよ。箱から出したら、ボロボロ崩れちゃうんじゃない?」
そんなジェシーの予想は、いい意味で外れた。
「じゃーん、みてよこれ! 皮のカバンだよー、それにこれって、すいとうじゃない?!」
ミリアが箱の中から引っ張り出したのは、ホルコム商会で売っているようなピカピカのカバンと水筒らしきものだった。
なんだ、これ?
どうしてこんなものが、こんなところに埋まってたんだろう?
後からわかったのだが、この遺物はとんでもないものだった。
ミリアが所持することになった水筒はただの水筒ではなく、力の元と言ってもいいような液体、つまりエナジードリンクが限りなく湧き出してくる不思議仕様の魔法瓶だった。
そしてジェシーがもらった皮のカバンは、どう考えても異世界仕様の異次元ポケットになっていた。
……私、念願のド〇ちゃんになれたのかも。
前世で小学生だった時に憧れた、あの青いタヌキ、いやネコにちょっぴり近づけたような気がするジェシーなのだった。




