二つ名
ルースの町に帰る馬車の中で、ジェシーは父親に商業ギルドの実習について説明していた。
「初級クラスは全員、いろんなギルドの実習をすることになってるのよ。今はホルコム商会で商業ギルドの実習をしているところ」
「へぇ、それで子爵様のとこに営業販売に来てたのか。父さんが子どもの頃には、そんな実習はなかったな」
「あの実習制度が始まったのは最近ですからね。それはそうと、ルイスさんはA級冒険者だなんて、お強いんですねぇ。胸も厚みがあって、包容力がありそうで、す、て、き!」
「あ、どうも……?」
向かいの席に座っているメスカルは、さっきからルイスを舐めるようにジロジロと見ている。けれど父の方は、あまりそのことに気づいてないようだ。
「あぁ、そのう、メスカルさんといわれましたか? こ、この度は、娘がそのぅ、世話になっているようで……その上、その、俺まで馬車で送ってもらってスマンことです」
父が慣れない親らしいことをしてくれると、ちょっとこそばゆい気持ちになるな。しかし冒険者って、人付き合いがヘタだなぁ。
メスカルの方は海千山千の商売人なので、余裕の表情だ。大きな身体を縮こまらせて馬車に乗っているルイスを可愛らしいものでも見るように眺めている。
「メスカルさん、父には愛する妻がおりますから」
一応、援護しといてやるか。
けれどそんなジェシーの牽制も、メスカルにとっては慣れたものだったのだろう。
「やだぁ、ジェシーちゃんったら。わかってるわよ。そういうのとは別に、目の保養というのもアリなのよ」
ウフンと笑ってヒラヒラと手を振るメスカルに、軽くかわされてしまった。
「それはそうと、ルイスさん、それにジェシー、お二人は我が商会に大きな仕事をもたらしてくれましたわ。帰って報告した後、改めて会長より利益の配分について話があるかと思います。ルイスさんは、この後ご予定がおありですか?」
あー、そうか。それもあって、うちの父を馬車で送るって言ってくれたのね。完璧に自分の趣味や興味を満足させるためかと思ってた。
こういう段取りが上手いところは、商売人だな。
ハニカム子爵が道路工事事業への参入を考え出したと見て取ったメスカルは、すぐに工事業者との仲介及び計画の立案をホルコム商会が請け負うと申し出た。
領政が全面的に関わってくる一大事業となりそうなので、おいしい公的資金の投入が見込める。一枚かんでいても損はないだろう。
その決断は早かった。
子爵の方も、自らホルコム商会に頼みごとをしようとしていたわけだし、メスカルの提案はありがたいものだったのだろう。すぐに商談がまとまった。
こうして、新素材を使っての道路敷設事業が領をあげてスタートすることになった。
この新素材の道路は、見た目の色合いから『グレイリィ敷設』と呼ばれるようになる。
片田舎のルースから始まったその道路のことは、商人の口コミで瞬くうちに国中に広まり、すぐに王都からも注文が来るほどの人気素材となった。
ジェシーの父親のルイスは、その素材を提供した人物として、国中の誰もが知っている有名人になってしまったのだ。
そんな経緯もあって、冒険者仲間の間では、ルイスの二つ名の変更を余儀なくされた。
ジェシーは知らなかったが、今までは「疾風のルイス」と呼ばれていたらしい。
あの風来坊の父親が? 風は風でも、そっちだったかぁ~
かつての二つ名を聞いたジェシーは笑ってしまったのだが、母親のアネーロに言わせると「同世代の冒険者の間では知らない人がいないくらい、憧れられていた存在だった」そうだ。
そう、だった、なんだよね。
現在、父は「グレイリィ・グレイ」と呼ばれている。
父を知らない世代の冒険者は、ルイスを「グレイ」という名前だと思うらしい。
「なんか、若造たちにグレイさんって呼ばれると、気が抜けるんだよな~」
語呂がいいのはわかるけど、二つ名をせめて「グレイリィ・ルイス」にしてやってほしかった。
でも、冒険者の能力とはちょっと違う「グレイリィ」の名前が独り歩きしてしまったので、今後どんな活躍をしようとも、それ以外の名前が付きそうにない。
なんとも気の毒な父なのだった。




