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領主

ルースの町とその周りの六つの村を治めているのは、ハニカム子爵という人らしい。

自分が住んでいる町の施政者ではあるのだが、ジェシーは初めて子爵の名前を知った。


この世界にはテレビもないし、ネットもない。つまり情報は人伝えだ。

それに子どもが政治家の名前なんかに興味があるわけがない。


「まぁあ、それでも名前ぐらいは知ってなくちゃだめじゃなーい」


メスカルに呆れた顔をされたが、私は悪くないもーん。



ジェシーとメスカルはホルコム商会の仕事で、馬車に乗って子爵邸にきている。

屋敷の応接室のようなところに通されて、ここの奥様が来るのを二人で待っているところだ。


昨日、計算した何件かの家のうち、ここの屋敷に住んでいるのは誰になるのか、ふと疑問に思ってメスカルに質問したら、呆れ果てられてしまった。


この屋敷は、町を出て、北街道をカナンという大きな町の方へだいぶ進んだ所にあった。

日常で町の人たちが目にする建物ではないし、街道沿いを旅している時に建物を目にしたとしても、そこに住んでいる人が誰なのかもあまり興味がない。

仕方ないよね。



ドアの向こうの廊下から足音が聞こえてきたので、やっと顧客である奥様がやって来たようだ。

メスカルはジェシーと目を合わせて、背筋をピンと伸ばし居住まいを正す。ジェシーもメスカルの真似をして椅子に座り直し、挨拶するためにすぐに立ち上がれるようにドアの方を見つめた。


「待たせているようだな。ホルコム商会が来ていると聞いたが、君たちか?」


ドアから入ってきたのは、髪の毛が薄い恰幅のいいおじさんと、それに……


「父さん?!」


ジェシーはびっくりして飛び上がった。


「あれぇ? なんでジェシーがこんなところにいるんだ?」


父も目を見開いて驚いている。


ジェシーと父親の素っ頓狂な声を聞いて、互いに挨拶をしようとしていたメスカルとおじさんが怪訝な顔をして顔を見合わせていた。


「あ、失礼しました。どうぞ続けてください」


先に我に返ったジェシーがメスカルに謝ると、恰幅のいいおじさんが笑いながら場を進めてくれた。


「ハハッ、どうやらこの女の子はルイスさんの娘さんのようだな。なぜここにいるのかは知らないが、まずは落ち着いて座って話すことにしよう」


「は、はい」


子爵夫人を待っていたこの部屋に、仕事で忙しいはずの子爵がなぜわざわざやってきたのか?

そして隣村のダンジョンに潜っているはずの父が、なぜ子爵と一緒にいるのか?

あれこれ疑問はつきないが、皆で立ったまま顔を見合わせていても話は進まないので、メスカルとジェシーも子爵に促されるまま、再びソファに腰をおろした。



座るとすぐに、子爵はメスカルに向かって話を切り出した。


「妻が頼んだ品物は、この後、見せてもらうと言っていた。まずはこちらの要件を先に聞いて欲しい。ルイスさん、あれを……」


子爵が促すと、父が持っていた重そうなレンガのようなものをテーブルの上にドンと置いた。


なんだ、これは?

黒っぽい灰色で、50センチ四方ぐらいだろうか、厚みも15~20センチぐらいある。ちょっとゴムのようなコールタールのようなにおいもする。


ここが異世界でなければ、ジェシーは道を舗装するアスファルトかなと思うところだ。雨水を通す最新式の敷設に使われているやつだ。

前世で車の運転をしていた時に、よく目にしていたので、色合いに懐かしささえ覚える。



「実は、ここにいるルイスさんが、ギザ村の中級ダンジョンを最深部まで攻略されてね。その時にダンジョンがあった場所が山のように大きく持ち上がったらしいんだ。新しくできた山には、この物質が層のようになっているとのことだ」


「は……あ」


なんか、理解の及ぶ範疇を超えている話だね。


「ダンジョンの報酬だろうから、途轍もないお宝なんだろうが、私もこんな話は聞いたことがない。ホルコム商会のハワード会長は、もともと王都にいた人だし、何に使えるのか知っているかもしれない。君、今日これを持ち帰って、聞いてみてはくれないだろうか?」


「そういうことでしたら、うちの会長に尋ねてみますわ」


メスカルがそう請け負ったが、ジェシーには会長が知っているとは思えなかった。

これが、ジェシーの第一印象通りのものだとしたら、もう王都の道に使われているだろうし、それを子爵が知らないはずがない。


ジェシーは、手を小さく上げて、提案してみることにした。


「あのぉ、それって道に敷く石やレンガの代わりになるものじゃないですか? 平たいから上を走る馬車や竜車が揺れないので、早く走れそうな気がしますけど……」


ジェシーの話を聞いて、子爵は口を半開きにした。

そして、ジェシーの言う利点に気づくと、両手で膝を叩いて興奮し始めた。


「ああっ! そうか、そうかもしれないな! お宝だということばかりが頭にあって、下に敷くことに考えが及ばなかった。確かに、そのように使えば、快適だろうし時間の節約にもなる。ハッハッハ、ルイスさん、君の娘さんはなかなか聡明だな」


子爵の頭の中には、一大産業になりそうな、金儲けの予感が駆け抜けていた。


「これは……我が領にとってとんでもないお宝になりそうだ」


しかし、その可能性をもたらしてくれたのは、そばにいるA級冒険者の男だ。

そしてそれを思い付くきっかけを与えてくれたのは、その男の娘である。


どんな巡り合わせなのか知らないが、子爵は自分の幸運に胸が震えてくるのだった。

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