管理センター
陽子がワクワクした気持ちを抱いて、白い霞の中をぷよぷよと漂っていると、どこからか声が聞こえてきた。
「はい、意識を取り戻した方は、こちらにお並びくださーい」
声の主はちょっと疲れているようにも思える。
呼ばれてるのかしら?
声がする方に行ってみると、銀行の窓口のような所に、ポヤポヤと白く光っている人たちが何列にもなって並んでいた。
列の後ろの方では白いスーツを着ている係の人が、やってきた人を寄り分けているようだ。
「はい、あなたは『第五階』ですね。5番の窓口の方へどうぞ」
ふーん、このお兄さんに並ぶ列を教えてもらうのね。
陽子も何人かの後ろに立って、自分の順番を待つことにした。
しばらく待っていると、係の人が陽子の前に立っていた人を12番の窓口へと送り出し、後ろにいた陽子の顔をチラリと見てきた。
「うわっ、『一階』かぁ……」
「『一階』? それ、何かの暗号なんですか? それともシンプルに建物の階のこと?」
「いや……はい、失礼しました。『第一階』というのは暗号でも建物のことでもなくて、魂の階級というかレベルのことなんです、はい」
「へえぇー。じゃ、『第一階』というのは一番下のレベルなの? それとも一番上?」
「上下はあんまり関係ないんです、はい。それはそうと、あなたはお元気ですね。こちらにやってこられる魂はたいてい悲しみに沈んでいらっしゃるものですから、あまりこういった質問をされることも無いんですが」
係のお兄さんの呆れた顔に、陽子は苦笑いを返した。
だって、初めてのことだから興味が湧くじゃん。
「初めてではないですよ。忘れているだけで、あなたは魂的には9京は転生してますね、はい」
「おおっ、すごい」
このお兄さん、エスパーだ! 私の心を読んだぞ。
大人しそうにはいはい言ってる事務員さんに見えるけど、もしかして神様か天使なのかしらん?
陽子の心の声が聞こえたのか、係のお兄さんは困ったような顔をして笑った。
「僕は魂管理センターの職員ですよ。でも、下界の寓話に照らし合わせていうのなら、天使ってとこですかね」
「ほうほう、天使ね。でも管理センターって、なんか現代的」
「はい、天界がいつまでも古くさいシステムだと、処理能力が落ちますから。(いや、いまだに古くさいシステムも残ってるし。上の方も、もっと受け入れシステムを改善してほしいよ。魂選別機を導入するなりなんなりしてさぁ)」
お兄さんの心の声は陽子には聞こえていなかったが、疲れた笑顔から彼の激務が察せられた。
「わかりました。すみません、お忙しいのに色々質問してお手間を取らせまして。ええっと、私は1番の窓口へ行けばいいんですね」
「はい、そうです。ただ1番の窓口の者が、本日赴任したばかりの新人でして、はい。ちょっと難ありというか、なんというか。疑問点がありましたら、しっかりと確認の上、転生するようにしてくださいね」
「はーい、ありがとう」
ちょっと心配そうなお兄さんに見送られて、陽子はカウンターの端にある1番の窓口に歩いて行った。
そこは他の窓口とは違ってがら空きで、誰も並んでいるように見えない。カウンターの向こうに座っている若い女の子は、手持ち無沙汰だったのか、ぼんやりと隣の2番窓口の列の人たちを眺めていた。
あらら、あのお兄さんが心配してたのも無理はないかも。
仕事ができそうなタイプには見えないなぁ。担当してもらうのが、なんだか不安なんですけど。
はぁ、仕方がない。
この子にも経験を積ませてやらなくちゃ、成長しないしね。
陽子は腹をくくって、女の子に話しかけることにした。
「あの、すみません。こちらに来るように言われました、陽子と申します。よろしくお願いします」
「…………」
「あのー、もしもし?」
陽子が女の子の前で手をひらひらさせると、その子はビクッとして肩を揺らし、恐る恐る陽子の方を向き、怯えた顔をした。
「ま、まさか……今日はここにお客さんは来ないって、じいじは言ってたのに」
ふむ。
どうやらまだ本格的な仕事に入る前の研修中ってところね。
「お嬢さん、まさかの坂はどこにでも転がってるのよ。私もまさか自分が今日、死ぬ運命だとは思わなかったわ。さっきの係のお兄さんの話だと、私はこちらで転生の手続きをしてもらうことになっているようなんです。覚えていることからでいいですから、ゆっくりと転生手続きをやってみてくださいな」
「あ、はい。わ、わかりました」
本当にわかってんのかね?
よろしくお願いしますよ~
おどおどと机の上の書類ファイルを開きながら、眉間にしわを寄せて読み込む女の子の様子を見ながら、陽子は小さなため息をつくのだった。