商業ギルド
森に春を告げる黄色い花が咲き始め、冬眠していた虫たちが活動し始めた頃、学校で再び校外実習の予定が発表された。
「今度の実習は、商業ギルドのジュニア登録を兼ねています。カードを持っていないと商店に行って実習ができないので、初級クラスの人は明後日までに、ギルドの受付に行って事前にカードを作っておいてください」
女先生が授業の終わりをこう言って締めくくったので、初級クラスの八人はなんとなく一緒になって、学校を出た後、広場を横切り、北側にある商業ギルドの建物の方へ向かっていた。
ルースの町から北に延びる街道は大きな町に通じているので、他の道よりも人通りが多い。
商業ギルドの建物の前に着いたところで、二人の女の子とちょっとおとなしめのロバートという男の子が、自分たちはもう商業ギルドのカードを持っているので、ここで別れると言って帰っていった。
後に残ったのは、ワルス率いる悪ガキ三人組とジェシーとミリアだ。
この五人は、ここのところ冒険者ギルドでよく顔を合わせているので、なんとなく互いに心強く思いながらひとかたまりになり、初めて入る建物の中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。初級クラスの生徒さんですか? ジュニア登録の手続きにいらっしゃったんですよね。こちらのカウンターの方へどうぞ」
入り口の側に立っていた案内人のような人が、ジェシーたち全員を一番手前のカウンターの方へ連れて行ってくれた。
ここは、ざっくばらんで自由な印象がある冒険者ギルドとは、また違った雰囲気だ。
受付の向こうには、丸眼鏡をかけたお兄さんが座っていた。
「ジュニア登録、五名様ですね。こちらの用紙に住所、氏名などをご記入の上、提出してください」
どうやら子どもに対しても丁寧な応対を徹底しているようである。これはある意味たいしたものだ。子どもといえども何年かすれば大口の顧客になるかもしれない。こうやって大事にしておいても、損にはならないからね。
ジェシーは前世の記憶があるので、こういった応対に慣れているが、ワルスたちは居心地が悪いらしく、どこかオドオドして挙動不審だし、ミリアは不安そうにジェシーの服の袖をつかんだままだ。
ジェシーは皆を連れて、えんぴつが何本か置いてある長机のそばまで行き、登録用紙の記入を促した。
「うぉお、ここはなんか落ち着かねぇな。俺、やっぱり冒険者で食べてくわ」
「おれもー」「右におなじ」
ガリガリと下手クソな字を書き殴りながら、ワルスたちは早くも及び腰になっている。
「もう、まだ実習は始まってもいないのよ。これからよ、これから」
ジェシーが男どもにハッパをかけていると、そばの階段を下りてきていたおじいさんが、気持ちのいい笑い声を響かせながらジェシーに話しかけてきた。
「ホッホッホ、君たちはロバートの同級生の皆さんかな? いつも孫と仲良くしてくれて、ありがとう。お嬢さんが言う通り、これからあちこちの店で働いてみると、また違った感想も出てくるかもしれないよ。商人には決まりごとも多いけれど、冒険者とは違って安全にお金を稼げるという利点もある。何事も経験だ。頑張ってみなさい」
「ありがとうございます。あの、おじいさんはロバートの?」
「ああ、失礼した。私はロバートの祖父で、この商業ギルドの会頭をしておる、ゴールデンというものです。お嬢さん、そして皆さん、どうぞお見知りおきください」
そう言っておじいさん、いやゴールデンさんは、丁寧なお辞儀をしてくれた。
「あ、こちらこそ、この度はお世話になります。よろしくお願いします」
ジェシーが返礼を返すと、ゴールデンの目がキラリと光った気がした。
「まさかあのおとなしいロバートが、いいとこのお坊ちゃんだったとはね」
「ホント、あの押しの強そうなゴールデンさんと血が繋がってるとは思えないよ」
商業ギルドを出たジェシーたちは、その意外な事実に驚いていた。
ロバートといえば、ワルスたちとつるむでもなく、よく言えばおとなしい。悪く言えばいるのかいないのかわからない存在感の薄い生徒としてしか、認識していなかった。
「おれは、母ちゃんに聞いてたから知ってた。おなじクラスの女子二人も知ってるんじゃないか? あいつらの家は商売してるし」
ワルスの子分Aでもあるブラッドが、これまた意外な情報通なところを見せてくれた。
へぇー、こいつらは何も考えずにワルスの太鼓持ちをしているだけかと思ってたけど、それぞれの家庭がある一人の人間だったんだな。
何気に失礼なジェシーである。
ゴールデンさんに出会ったことは、ジェシーに新たな出会いを運んでくることになる。
翌日、あのアンジェリカお嬢様に呼び出されたジェシーは、ワルスたちではないけれど、これからの実習に暗雲が立ち込めてくるような気がしたのだった。




