あれから
「あれから、どう? あの人、なんか言ってきた?」
ミリアに心配されたが、世の中は一気に平穏になってしまった。
上級クラスの女の子たちに囲まれた後、ジェシーのおかしな能力がまた一つ開眼してしまったのだが、男になるという使いどころのわからない魔法は、結局、ジェシーとチャド、二人だけの秘密になった。
あの時に一度だけ変身しただけだったしね。もう男になりたいなんて、思わないし。あれはギフトとして、ノーカウントよ、うん。
あの翌日に、実はもう一波乱あった。ミリアが言っているのはその事だ。
ジェスと呼ばれているもう一人のジェシーは、恨みを持ちやすい陰険な性格だったらしい。人前では何もしないのに、陰でコソコソとやらかすタイプだ。
家からわざわざ持って来たゴミをジェシーの机の中に入れてくれていたので、生徒全員の目の前で、彼女の服の背中にそのゴミを押し込んでやった。
「持ち物は、持ち主のもとへ」それが基本でしょ?
「ケンカがしたいんなら、堂々と挑んでこい! 陰でコソコソするなんざ、臆病者のすることだ。とことんつきあってやるぜ」
そう言ってぶん殴り、相手の顔から鼻血をダラダラと流させてやったら、それから怯えて何もしてこなくなった。それを見ていた上級クラスの人たちは、かえってジェシーのことを一目置くようになった。
同級生の男子たちも「あいつを怒らせたら怖えぇー」と言って、こちらにちょっかいをかけることがなくなった。
先生も教室にやって来た時に、鼻血を垂らしながらグズグズ泣いている女生徒を見たので、何かトラブルがあったということはわかっていただろう。けれど生徒は全員、誰も何も言わなかった。
子どもの世界のことは子どもがルールを決める。大人は余程の事がない限り口出しはしないというのがこの世界の常識だ。
先生は、チラッとジェスを見て、大判のハンカチを渡してやっただけで何も言わなかった。
だいたいどこかの国のようにマスコミやら親やらが、子どもの喧嘩に口を出してわーわー騒ぐ方がおかしいのだ。それをまともに受けてビクビクしている教育関係者も、何か大切なことを忘れている。
自分たちで築き上げてきた世界の中に自浄作用がなくなったのなら、もうその世界は壊れかけているのかもね。
ジェシーは大あくびをして、机に突っ伏した。
「暇だなぁ~。ねぇミリア、今日は帰りに屋台に行かない?」
「またぁ? デブになっちゃうよー。あれ? そういえばジェシーっていくらたべてもふとらないね」
「まあね、そのくらいの恩恵はないとねぇ」
こちらの希望を聞いておいて、ことごとくズレたギフトを授けてくれているダーシャにモノ申したいことは数々あるけれど、このいくら食べても太らないという体質だけは、ありがたいと思っている。
せっかく転生したんだもの、美味しいものをとことん食べつくすぞー
さぁ、今日は何を食べようか。




