理不尽
今日はおじいちゃんちにお泊りかぁ。
朝、母親が移動販売に出かけたので、ジェシーはいつもとは違う道を通って帰宅していた。
そのジェシーの姿を見つけた女の子たちが、あっという間にジェシーの周りをぐるりと取り囲んだ。
「ちょっといいかしら?」
「はぁ、何ですか?」
なんだ、なんだ。上級クラスのお姉さんたちが全員揃って、私に何の用だろう?
ジェシーの目の前に立って声をかけてきたのは、北地区に住んでいる大きな商会の娘だ。アンジェリカとかいうキラキラした名前だったと思う。
淑やかなお嬢様に見えたが、今は上品さなど欠片もなく、ジェシーをキッと睨みつけている。
「今日の事、あなたはどう思ってらっしゃって?」
「?? 今日の事とは何のことでしょう」
このお嬢様を怒らせるようなことなど、ジェシーにはまったく身に覚えがない。
ジェシーの返答を聞いて、五人の女の子が一気にざわついた。
「あなたねぇ!」
「なんて生意気な」
口々に叫び出した女の子たちを手で制して、再びアンジェリカが話し出した。
「ジェシーさん、私たちのクラスメイトのジェスのことはご存知でしょ?」
それを聞いて、やっとジェシーは何の話をしているのかがわかった。
「あら、やっとお分かりになったようね。ジェスはあなたのせいで名前を変えられて迷惑しているのに、今日は彼女に恥までかかせたのよ。少しは反省なさい!」
……なんだこの理不尽な言いがかりは。
そして有無を言わせぬ、この一方的な糾弾。
ジェシーの身体の中に沸々と反抗心が湧き上がってきた。
「反省ですか? それはジェスさんがなさるべきでしょう。上級クラスで習っている課題をちゃんと聞いていれば、今日の問題は容易に解けるものでした」
今日、学校で上級クラスに出された問題を、たまたま下級生のジェシーが解いてしまった。そのことが、このお姉さま方をいら立たせているのだと思う。
そして、そんなことになったのは、同じ教室に同じ名前の生徒がいたという不幸がある。
「だいたい、ジェシーという名前が二人重なったからといって、年齢が上の人をジェスということにしましょうと決めたのは、私ではなくて『先生』ですよ。それに、ジェスさんの名前を今日言い間違えたのも『先生』です。私が責められるいわれはないですね」
ジェシーがこんな風に理論立てて言い返してくるとは思ってなかったのだろう。
周りにいた女の子たちは、少しひるんだように見えた。
ふん、ここまでされて、これだけで済ますジェシーではない。
されたことは、倍返しだ!
「だいたい、ジェスさんが先生の問いにモジモジしていて答えられなかったので、先生がもう一度問い返した時に名前を間違えたんでしょ? 勉強もロクにできない。そして、私に直接文句も言えずに、裏でこそこそ泣きついて、こうやって他人に頼って集団で後輩をいじめるしか能がない。ジェスさん、あなた、最低の人間ですね。軽蔑しますっ!」
アンジェリカの後ろの方で、所在なげに立っているジェスの方をジロリと見て、ジェシーはキッパリと言い切った。
そして邪魔なアンジェリカを手で避けると、ジェシーはプンスカ怒りながら歩き出した。
頭に来る。頭に来る。なんだ、あいつらは!
だから女は嫌いなんだよ。
寄ってたかって痛めつければ、理不尽な要求を通せるとでも思ってんのか。
前世でも、同じようなことがあったよなぁ。
あーあ、やっぱ転生する時に男にしてもらえばよかったかなぁ。
そんなことを考えながら歩くジェシーの身体が、一瞬、強烈な光に包まれたのだが、それに気づく人は誰もいなかった。
「ただいま~」
ジェシーが木工所の作業場の戸を開けると、そこで製材作業をしていた叔父さんたちが、一斉に顔を上げた。
「おい坊主、何の用だ? ここは危ない道具がたくさんあるんだから、勝手に入ってくるんじゃない!」
戸口の近くで鋸を使っていたファースト叔父さんが、不審者でも見るような顔をしてジェシーを睨みつけてきた。
「え、叔父さん……」
いまだかつて、こんなに冷たい声で叔父に怒鳴られたことがなかったジェシーは、目をまん丸に開け、後ずさった。
「兄さん、そんな大声で怒鳴ったら、泣き出しちゃうよ。ほら、坊主も謝んな」
そばにいたサード叔父さんが、ジェシーの頭を手で押さえつけ無理やりに下げさせた後で、腕を持って外に連れ出してくれた。
「今日はランスが泊まるって言ってたから遊びに来たんだろ? 家の玄関はあっちだから、今度は間違えるなよ」
「え、ランス?」
サード叔父さんは何をおかしなことを言ってるのだろう。ジェシーもここに泊まるのに、遊びに来たもないもんだ。
「ちょっと叔父さん、私……」
ジェシーが叔父に向き直った時、作業場のガラスの窓に知らない男の子の姿が映っていた。
その子は真っ黒な髪の毛をしていて、こんな田舎では見たこともないような、品のいい貴族のような顔だちをしている。キリッとした凛々しい眉毛、スッと通った鼻筋、こういうのを眉目秀麗というのだろう。
ジェシーは思わず振り返った。けれど、そこには誰もいなかった。
「え? どうなってんの?」
「お前、何やってんだよ。とにかくこっちは作業場なんだから、今度は気を付けるんだぞ」
サード叔父さんはジェシーに向ってそう言い残すと、作業場の中へ戻っていった。
閉められた作業場の扉。引き戸になっているその扉にも格子が組んであり、四角いガラスが入っている。
ジェシーはそのガラスに映っている男の子の服装を見て、叔父さんたちの態度に納得がいった。
「うそ……私、男の子になってる」
いや、マジ?
これって、どういうことよ?!




